2 パイン

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「拓ちゃーん」  学祭を終えて、何が収穫だったかというと、なんといっても舞と親密になったことだ。  学生が空き時間によく暇をつぶすテラスに、足を踏み入れた途端、後ろから元気な舞の声が聞こえてきた。  振り返ると、舞が手を振って小走りに駆け寄ってくる。  こう言っては怒るだろうが、子リスみたいで可愛い。舞はどうやら「可愛らしい」と言われることが嫌いらしい、ということが最近分かった。背が低いことを気にしているのかもしれない。  可愛らしいのに。  口に出さないように、心の中で思う。  舞は拓の許にたどり着くと、キョロキョロ見回した。 「一人?珍しいね。貴宏は?」  貴宏は今、講義に出ている。拓が選択していない講義だ。 「貴は授業。俺たちだって、いつも一緒なわけじゃないよ」 「そうなんだね。なんかいつも一緒にいる気がして」  同じ法学部である拓と貴宏は、確かに一緒の講義が多いが、いつも一緒ではない。 「ニコイチじゃありまいし」  何となく面白くなくて、少し尖って言うと、舞は慌てたように手を顔の前で振った。 「違う、悪い意味じゃないよ。いいなぁって思ってね」 「そうか?」  拓は眉を(ひそ)める。 「あ、これ、貴宏にも言ったんだった」  舞が自分の口を手でふさいだ。ますます面白くない。  男同士でいつも二人で一緒なのは、うらやましがられることではない。  舞はテラスの端っこにあるテーブルについた。拓も向かい側に座る。  舞はテキストを出しながら、呟いた。 「わたし、大学に入るまで、ちゃんと友達がいなかったから」  舞が勉強するなら、とカバンの中からテキストを引っ張り出しかけていた拓は、驚いて顔を上げた。  今のは舞が言ったのではないかもしれない、と思いながら舞を見ていると、舞は苦笑いしながら、やっと拓の顔を見た。 「だから、うらやましかったのかも」 「舞ちゃんが?」 「うん?」 「友達いなかったの?」  驚きすぎて、ストレートな表現になってしまった。人当たりのいい舞に、友達がいなかったなどとは、信じられない。 「あ、ごめん、いや……」  へどもどする拓に、舞は笑って応じる。 「女王様みたいな子にね、追従していたの」  机に出したテキストに肘をついて、懐かしむように目を細めている。 「その子に酷いこと言われたり、いいように使われたりしていたんだけど、わたしもそれに甘んじてたの。その方が楽だったから」  そんなの友達じゃないよね、と自嘲気味に笑う。 「卑怯だったなぁ」  重いため息と共にそう吐き出すと、舞は手で顔を覆ってしまった。  想像してみる。  その子の顔色を窺い、どうすれば気に障らないか、喜んでもらえるか、四苦八苦している舞。それは本当に、自分が楽だからという理由だけだろうか。 「舞ちゃんは、やっぱりその子が好きだったんじゃないかな」  そう言うと、舞は手をずらして、顔を覗かせた。泣いているわけではなかった。ただ、不審そうに拓を見ている。  舞は真面目だから、きっときちんとした理由がいると思い込んでいるのだ。友達とはこうあるべきだという理由が。だが、人と人は、そんなに簡単に関係付けられるものではない。疎ましい部分もあれば、好ましいところもある。すべてに呆れかえっても、なぜか突き放せない関係だってある。 「その子に喜んでもらいたいから、一緒にいて、その子が気に入ってくれるように頑張ったんじゃないの?」  舞は、うーん、と唸った。  簡単には認められないといった顔だ。先から気が付いていたことだが、舞は結構頑固だ。  まぁ、いいか。  拓はあっさり諦めた。こういう過去のわだかまりは、解ける時には解ける。解けない時は解けない。 「でも、大学入って、静香と友達になれたんだろう?静香は舞ちゃんの事大好きって感じだもんな」  それを聞いて、舞はなぜか恥じらうように俯いた。小さな声で「うん」と言う。 「だから、学祭の時、お店まわるのすごく楽しかったよ」  結局、そこに行きつくのか。  拓は内心ため息をついた。  本当の友達を得て、二人で学祭をまわった。舞にとっては、記念すべき一日だった。 「よかったね」  拓は心を込めてそう言うしかなかった。まさかここで、「俺が舞ちゃんとまわりたかったのに」とは言えない。 「出店も楽しかったな」  代わりにそう言ってみたが、自分でも負け惜しみに聞こえて仕方がなかった。  ただ、そこから弾けるようにしゃべり始めた舞の笑顔だけが、救いだった。
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