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貴宏が舞を呼び出したのは、翌日の夕方だった。
「話があるから来てくれないか」と打たれたLINEを見て、貴宏の許に駆け寄ってくる舞が、何を期待しているのか貴宏にはすぐに分かった。
それはそうだ。こんな文句じゃ、誰だって告白されると勘違いする。だけど、貴宏にはほかに言いようがなかった。
上気した頬で貴宏を見上げる舞に、まず貴宏が言ったのは、「舞は俺に好意を持ってくれているよな?」だった。
期待に満ちた舞の顔が、少しだけ翳った。
だが、それがどんなに思い上がりでも、恥知らずでも、伝えなくてはならない。
俺は応えられないんだから。
舞が警戒しながらも、頷くのを見届けると、貴宏は頭を下げた。
「ごめん、俺、舞の気持ちには応えられない」
舞はしばらく黙った後、困惑したように、ポロリと呟いた。
「……わたし告白もしていないのに」
言われて、貴宏は頷く。
「ああ。でも、駄目なんだ」
それから短く息を吸った。
「俺、ゲイなんだ」
スローモーションのように、舞の目が見開かれるのを、貴宏は半ば感動するような気持で見ていた。
絵に描いたような反応だ。
「だから、俺を好きになってくれても……困るんだ」
舞は途方に暮れているように見えた。泣いてはいない。事態と感情を整理しきれていないのかもしれない。
貴宏は、浅ましくも、自分の為に舞の反応を確認していた。
静香に言われたことが、もっともだと思ったから、舞に自分がゲイであることを告白した。
だがそれ以上に自分の為だ。拓が舞の為に自分に嫉妬することが耐えられなかった。
「……拓にも言っていないんだ。だから皆に言わないでほしい」
貴宏がそう言うと、舞の目にゆっくり焦点が戻ってきた。貴宏の目を見る。
「……拓ちゃんのためだね?」
「え?」
貴宏は恐怖に震えた。舞の目はまるで断罪者のように、強く容赦のないものに見えた。
「拓ちゃんがわたしのことを好きだから、告白もしていないのに、さっさと切ろうと思ったんでしょ」
「舞、知っていたのか?」
拓が舞のことを好きなことは、周りから見れば明らかだが、当の本人は気が付いていないのかと思った。第一、舞はそんな素振りもみせなかった。
「気づいてたよ」
舞は短く答えた。
「気づいていたから、仲良くなったのか?」
貴宏の質問に、舞は少し顔をしかめた。
「仲良くなったのは、友達だったから。それに拓ちゃんと一緒にいたら、貴宏も一緒だったから」
挑戦的ともいえる眼差しで、舞は貴宏を見上げた。
「それって……拓を出汁にしたってことか?」
拓がどれだけ舞に本気だったか、貴宏は痛いほど知っている。舞と仲良くなれたからと、喜んでいた拓の顔。
貴宏は信じられない顔で、舞を見つめた。この女は誰だ?本当に、拓が好きな舞か?
舞は微笑んだ。
「違うよ、って言っても、貴宏は信じないでしょ。貴宏は自分と拓ちゃんのことしか、考えていないもの」
そう言うと、くるりと踵を巡らせて、足早に去っていった。
舞の後ろ姿を見送って、カフェに行き、勉強をしようと課題を広げた。
だが、頭の中は真っ白だった。
何も考えることができない。
拓の顔と舞の顔、自分の言った言葉と、舞の言った言葉が、まるで合わないパズルのように、ぐるぐると頭の中を回っていた。
どのピースも全くはまらず、脳を溶かしていくような気がした。
「貴宏!」
待ち焦がれていた人の声に、貴宏は「殺してくれ!」と心の中で叫んだ。
だが実際は、のろのろと手を上げ、いつものように「ああ」と返事をしただけだった。
顔を上気させ、拓が近づいてくる。
それだけで、抱きしめて、めちゃくちゃにしたい衝動にかられた。
「お前、舞ちゃんを振ったんだって?」
貴宏は咄嗟に、舞があれから真っすぐ拓に暴露しに行ったのかと思った。
「舞が言ったのか?」
強張る声でやっとそう訊ねると、拓の顔が一瞬、間が抜けた。
それから、あわてて、首を横に振っている。
「違う!」
必死な拓を見て、貴宏は諦めたように言った。
「盗み聞きか」
途端に拓が飛びついてきた。貴宏の首を掴み上げる。
「馬鹿か、お前は」
それから、絞り出すように問いかけた。
「俺が言ったからか?俺が舞ちゃんを振れって言ったからか?」
貴宏は拓に揺すられながら、パズルのピースがひとつ、はまった気がした。
拓は舞の為に、ここに来て、貴宏を締め上げているのだ。
貴宏は急にあきらめに近い境地になった。
もう、どうでもいい。
「違うよ」
そう言うと、拓の力が弱まった。
「もともと、舞が俺を好きなのは知ってた。だから、早くケリをつけておこうと思った」
拓は複雑な表情になった。渦巻く嫉妬の中に、少しの安堵と喜びがあるのを見出して、貴宏は狂暴な気分になる。
「確かに、俺が振ってしまえば、お前の恋も芽があるかも、と思った」
わざと言った。狙いをつけて、拓の心を抉った。
瞬間、右頬に拓の拳が振ってきた。
ああ、そうだ。俺は拓に殴られたかったんだ。
椅子から落ちながら、貴宏の目の端に、綺羅の姿が映った。
あいつ、いつからあそこにいたんだ?
怒りに満ちた目で自分を見下ろす拓のところに、綺羅が駆け寄るのが見えた。
それを他人事のように、貴宏は見ていた。
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