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貴宏と拓は、綺羅に医務室に引っ張って来られた。誰もいない医務室の電気をつけ、消毒液を探す綺羅に、「勝手に使っていいのか?」と訊くと、「保健の先生と仲良しなの」という返事が返ってきた。
慣れた手つきで、貴宏の顔の傷を消毒して、テープを貼ってくれた綺羅は、さてさてと貴宏を見た。
「舞を振ったんだってね。それを拓に知られちゃったんでしょ」
拓は少し離れたところにあるベッドに腰掛け、放心していた。
「お前、何でも知ってるな」
半分呆れて、小声で返す。舞と話したのも、つい先ほどだ。
褒めたわけではないのに、綺羅は、ふふん、と得意げに鼻を鳴らした。
「おかげで、拓を止められたでしょ」
止められた、か。
俺は結局、何を望んでいたんだろう。
拓に殴られた時、確かに嬉しかった。
拓が、ここまで降りてきてくれた、と思った。
俺の場所まで。
ぐちゃぐちゃになりながら、嫉妬と劣等感にまみれながら、傷ついて俺を殴った拓を、愛しく思った。
拓に嫉妬されるのがつらくて、舞を振ったのに。
拓を傷つけたくない。それも本心なのに、傷ついた拓に、喜びを感じたのも自分だった。
その拳になら、殴り殺されてもいいと思った。
「駄目だよ」
しゃべってもいないのに、綺羅が厳しく咎めた。
「殴られてもよかったのに、って思ったでしょ」
綺羅は目を眇めて、貴宏をジトッと見る。
「戻れなくなるよ。あんな一方的な茶番、さっさと止めないと」
貴宏が何も言えずに、綺羅を見ていると、奥のベッドで突然拓が呟いた。
「お前ってやっぱり男だったんだな」
綺羅も貴宏も驚いて、拓の方を見ると、拓は殴った右手を擦りながら、うつむいたままだった。
「俺、舞ちゃんが好きだ。本当に欲しいと思ってる」
一方的な茶番。本当にそうだ。拓はどこにも降りてきていないし、何もブレていない。
相変わらず舞を好きで、今度こそ本当に獲りにいく。
「もう貴は関係ない」
貴宏は笑い出したくなった。
俺は自分で、決別のスイッチを押してしまった。拓は巣立ちを決意し、俺の側にいることを拒絶した。
それが怒りから来ているのではないことを感じて、貴宏は絶望した。
もう横にはいない。
「……ああ」
それだけ答えるのが精いっぱいだった。
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