4 レモン

2/9
前へ
/40ページ
次へ
 後ろの席だった舞に、静香が声をかけたのは、珍しいことだった。  容姿でも性格でも目立ってしまう静香は、人と関わるのが苦手だった。何の気なしに声をかけても、相手に構えさせてしまう。  委縮するか、妙に馴れ馴れしいかのどちらかで、はっきり言って面倒くさい。しかも、仲良くなったと思って、付きまとわれたら迷惑だ。  それでも、一人ぼっちで大学生活を送ろうと思っていたわけではない。そんな覚悟は持ち合わせていないし、第一不便だ。  そこでたまたま後ろの席だった舞に声をかけた。誰ともつるんでいる様子がなかったし、うるさくなさそうだったからだ。それに顔も悪くない。  つまりは、適当だった。  半身をひねって後ろを振り向き、声をかけると、その子は驚いて目を真ん丸にした。 「わたし、静香っていうの。よろしくね。隣に座ってもいい?」  相手は声もなく、何度も頷いた。目は大きく見開いたままだ。  リスみたいだ。いや、ハムスターかな?  静香はそんなことを思いながら、彼女の隣に移動した。このクラスは最初こそ席が指定されていたが、移動しても良いことになっていた。  ちょっと気が弱すぎるかな。  嫌いではないが、あまりに引っ込み思案だと、それはそれで困る。  うーん、と思いながら、教科書を広げると、視線を感じた。  顔を上げると、彼女はまっすぐ静香を見ていた。  口元をもぞもぞさせたかと思うと、一気に吐き出すようにしゃべった。 「わたし、幸田舞といいます」  その勢いに押されるように、静香は「う、うん」と頷いた。そうすると、舞の顔に笑顔が広がった。安心したように、頭を下げる。 「こちらこそ、よろしくお願いします」  丁寧に返された挨拶に、静香は吹き出した。 「いや、同い年でしょ、わたしたち」  たちまち舞の顔が赤くなる。 「ごめんなさい。あ、いや、ごめん。名前を教えてくれたのに、わたし見惚れちゃって、名乗ってなかったなって」  あわあわと弁明する舞を見ていると、静香の口元もムズムズしてきた。  あ、この子可愛いかも。  いつもなら不快になるだけのおべんちゃらも、舞の口から聞くと、くすぐったい気分になる。なにより、彼女は真剣だ。  フフッと笑って、静香は舞に顔を寄せた。 「見惚れてくれて、ありがとう」  舞はどうしていいか分からないという、すがるような目で、静香を見上げていた。  声をかけて良かった。正解だったわ。  憂鬱な気持ちはどこかに吹き飛んでいた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加