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後ろの席だった舞に、静香が声をかけたのは、珍しいことだった。
容姿でも性格でも目立ってしまう静香は、人と関わるのが苦手だった。何の気なしに声をかけても、相手に構えさせてしまう。
委縮するか、妙に馴れ馴れしいかのどちらかで、はっきり言って面倒くさい。しかも、仲良くなったと思って、付きまとわれたら迷惑だ。
それでも、一人ぼっちで大学生活を送ろうと思っていたわけではない。そんな覚悟は持ち合わせていないし、第一不便だ。
そこでたまたま後ろの席だった舞に声をかけた。誰ともつるんでいる様子がなかったし、うるさくなさそうだったからだ。それに顔も悪くない。
つまりは、適当だった。
半身をひねって後ろを振り向き、声をかけると、その子は驚いて目を真ん丸にした。
「わたし、静香っていうの。よろしくね。隣に座ってもいい?」
相手は声もなく、何度も頷いた。目は大きく見開いたままだ。
リスみたいだ。いや、ハムスターかな?
静香はそんなことを思いながら、彼女の隣に移動した。このクラスは最初こそ席が指定されていたが、移動しても良いことになっていた。
ちょっと気が弱すぎるかな。
嫌いではないが、あまりに引っ込み思案だと、それはそれで困る。
うーん、と思いながら、教科書を広げると、視線を感じた。
顔を上げると、彼女はまっすぐ静香を見ていた。
口元をもぞもぞさせたかと思うと、一気に吐き出すようにしゃべった。
「わたし、幸田舞といいます」
その勢いに押されるように、静香は「う、うん」と頷いた。そうすると、舞の顔に笑顔が広がった。安心したように、頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧に返された挨拶に、静香は吹き出した。
「いや、同い年でしょ、わたしたち」
たちまち舞の顔が赤くなる。
「ごめんなさい。あ、いや、ごめん。名前を教えてくれたのに、わたし見惚れちゃって、名乗ってなかったなって」
あわあわと弁明する舞を見ていると、静香の口元もムズムズしてきた。
あ、この子可愛いかも。
いつもなら不快になるだけのおべんちゃらも、舞の口から聞くと、くすぐったい気分になる。なにより、彼女は真剣だ。
フフッと笑って、静香は舞に顔を寄せた。
「見惚れてくれて、ありがとう」
舞はどうしていいか分からないという、すがるような目で、静香を見上げていた。
声をかけて良かった。正解だったわ。
憂鬱な気持ちはどこかに吹き飛んでいた。
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