9人が本棚に入れています
本棚に追加
1 ハッカ
レジ打ちをしながら、舞はどうしても売り場の方を気にしてしまう。アルバイトの男の子の姿が現れるたびに、貴宏ではないかと確認してしまうのだ。
大学の講義が終わってから、バイトまでの小一時間、大学内のカフェテリアで一緒だった。しかも、バイト先であるこのスーパーまで、貴宏の車に乗せてもらった。
それでもまだ足りずに姿を探してしまう自分を自覚して、舞は心の中で赤面した。
なぜ、貴宏が気になるのか、舞は自分でも分からない。舞の好みは気さくでよく話してくれる人だ。自分が話をするのが得意ではないので、話題を提供してくれる人がいい。
しかし貴宏はあまりしゃべらない。表情の変化も乏しく、何を考えているか分からない。二人で車の中にいても、貴宏からはしゃべってくれないので、舞は何かと話題を提供しようと苦心する。さんざん悩んで話した結果、貴宏の反応は分かりにくく、舞は勝手に気まずい気分になったりする。
でもなぜか嬉しくなってしまう。
貴宏に「舞」と呼ばれたこと。
拓と綺羅が過激な話をし始めた時、貴宏が舞を気遣って遮ってくれたこと。
マイナーな「チョコ味」のドロップが好きだったこと。
その一つ一つが舞の胸に刻まれていく。
それでも、貴宏のことが好きなのか、と尋ねられると、首を傾げてしまう。これが恋愛感情なのかと自問すると、舞はたちまち自信を無くす。
だって、例えば静香に対してだって、舞は同じようにドキドキしてしまう。
「幸田さーん。レジ閉めしてー」
先輩に呼ばれて、時計を見ると、もう閉店間際だった。
「はーい」
返事をして、レジ閉めの精算にかかる。
時間がたつのが早かった。少しぼうっとしすぎたかな、と反省していると、お金を取りに来た先輩に小突かれた。
「あんまり上の空だと間違えちゃうよ」
あ、バレてた。
スミマセンと小声で謝ると、先輩は笑って言った。
「まぁ、片思いは青春の醍醐味だけどね」
「え?片思いがですか?」
否定することも忘れて、思わず小声で訊き返してしまった。
両想いじゃなくて、片思い?
「そりゃそうだよ。もっと言えば、両想いになる直前ぐらいが一番盛り上がるじゃん。つきあってからは、続けなくちゃいけないでしょ」
そんなものかな?
舞が納得いかない顔をしていると、先輩は「まぁ、がんばんな」と軽い励ましをよこして、去っていってしまった。
貴宏とつきあうねぇ
そこはあまり想像がつかない。
舞は仕事に集中することにした。
最初のコメントを投稿しよう!