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「それで僕に相談?」
綺羅は不思議そうに首を傾げた。
「人選、間違えてんじゃない?」
まだ昼時には早い。静香はよくブランチでこの時間に学食を食べる。
「……ここではお前しか、わたしがソウなの知っている奴いないし」
綺羅は、やれやれと首を振った。
「弱気だねぇ、静香さまなのに」
「うるさい」
「僕の静香への気持ちはどうすれば?」
「お前のはフリだろうが」
舞と二人でいたところに、急に声をかけてきたのが綺羅だ。それが知り合ったきっかけだ。男か女か分からないし、胡散臭いなぁと思っていたが、舞がお手洗いに立った隙に、綺羅が静香に耳打ちしてきた。
「ねぇ、あなた、レズビアンでしょ。それであの子の事、気に入っている」
初対面で何と不躾な。
あまりのことに、口もきけない静香に、何を勘違いしたのか、綺羅はあのどちらか分からない笑顔で微笑んで、安心させるように頷いた。
「大丈夫だよ、僕、誰にも言わないから」
瞬間、蹴りを入れてやろうかと思った。急に立ち上がった静香を、綺羅は呑気な顔で見上げた。
その時、舞が戻ってくるのが見えた。
静香は結局、また座った。
それ以来、綺羅は何かと静香に構ってくる。面倒ではあるが、男でも女でもない綺羅は、静香が素を出せる、楽な存在でもあった。
「それで?静香はどうしたいの?」
「舞が欲しい」
「それなら、自分の性的指向をカミングアウトしなきゃだね」
「もともと、隠していたわけじゃない」
事実、あの三人にはまだ言っていないが、知っている人はいる。今までも隠して生きてきたわけではない。
「舞と、友達ですら続けられなくなるかもよ」
「それも、嫌だ」
「……わがままだなぁ」
綺羅は呆れたように、天を仰いだ。
「静香、何かを得るためには、何かを失うことだって、あるんだよ」
静香は口を尖らせた。駄々っ子のようだと自分でも思う。でも、どっちも嫌だ。
綺羅が「あのね」、と言い聞かせるように、静香の顔を覗きこむ。
「じゃあ、舞には言わない方がいい。だって、あの子は親友の静香が大好きでしょ。それに、僕たち以上に、舞は友達という存在を特別に思ってる。多分、昔何かあったんだね。僕たちといる時、とても幸せそうだもの」
それを壊してしまうの?
「危険な賭けだと、思うけどな」
綺羅の言葉を聞きながら、静香は頭を抱えてしまった。
我慢するのは、性に合わない。たとえ、想いが叶わなくて、自分が傷つくことになっても、静香は自分の想いを貫きたかった。
でも、それが舞を傷つけるとしたら?
静香の果敢な行動が、独りよがりなもので、舞がせっかく得た幸せを壊すものだったら?
それでも、自分の気持ちに正直になることが、間違っていないと言えるのだろうか?
「あ、噂をすれば」
綺羅が頬杖をついたまま、声を上げた。
綺羅の目線の先に目をやると、舞と拓と貴宏の三人が、トレーを持って席に付くところだった。こちらには気が付いていない。
そう言えば、人も増えてきた。ランチ時になったのだ。
声は聞こえないが、拓がしゃべり、舞が笑っている。貴宏は黙って食べているようだが、時折、顔を上げて一言二言返事をしているようだった。
「仲良さそうだねぇ」
何を考えているのか、綺羅はしみじみとそう言った。
なんだか自分に当てこすられているようで、静香はムカムカしてきた。
「舞ちゃん、女の子の顔になったよね」
そんな静香の様子には気づきもせず、綺羅はいきなりそんなことも言ってきた。
思わず舞に目を向ける。珍しくしゃべっている貴宏を見つめる舞の目に、静香はドキリとした。
まるっきり、そこら辺の女と同じ目をしている。「この人に愛されたい」という、女の目。
「静香も同じ目をしてるよ」
綺羅は、飲んでいるコーヒーに目を落として言った。
「どうするの?」
「とりあえず……」
「うん」
「貴宏は許せん」
「……」
「だって、ライバルが貴宏って、舞にとってもわたしにとっても、不毛じゃないか」
まぁねぇ、と綺羅は半分笑いながら、相槌を打つ。
「で、どうするの?」
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