4 レモン

6/9
前へ
/40ページ
次へ
「それで僕に相談?」  綺羅は不思議そうに首を傾げた。 「人選、間違えてんじゃない?」  まだ昼時には早い。静香はよくブランチでこの時間に学食を食べる。 「……ここではお前しか、わたしがソウなの知っている奴いないし」  綺羅は、やれやれと首を振った。 「弱気だねぇ、静香さまなのに」 「うるさい」 「僕の静香への気持ちはどうすれば?」 「お前のはフリだろうが」  舞と二人でいたところに、急に声をかけてきたのが綺羅だ。それが知り合ったきっかけだ。男か女か分からないし、胡散臭いなぁと思っていたが、舞がお手洗いに立った隙に、綺羅が静香に耳打ちしてきた。 「ねぇ、あなた、レズビアンでしょ。それであの子の事、気に入っている」  初対面で何と不躾な。  あまりのことに、口もきけない静香に、何を勘違いしたのか、綺羅はあのどちらか分からない笑顔で微笑んで、安心させるように頷いた。 「大丈夫だよ、僕、誰にも言わないから」  瞬間、蹴りを入れてやろうかと思った。急に立ち上がった静香を、綺羅は呑気な顔で見上げた。  その時、舞が戻ってくるのが見えた。  静香は結局、また座った。  それ以来、綺羅は何かと静香に構ってくる。面倒ではあるが、男でも女でもない綺羅は、静香が素を出せる、楽な存在でもあった。 「それで?静香はどうしたいの?」 「舞が欲しい」 「それなら、自分の性的指向をカミングアウトしなきゃだね」 「もともと、隠していたわけじゃない」  事実、あの三人にはまだ言っていないが、知っている人はいる。今までも隠して生きてきたわけではない。 「舞と、友達ですら続けられなくなるかもよ」 「それも、嫌だ」 「……わがままだなぁ」  綺羅は呆れたように、天を仰いだ。 「静香、何かを得るためには、何かを失うことだって、あるんだよ」  静香は口を尖らせた。駄々っ子のようだと自分でも思う。でも、どっちも嫌だ。  綺羅が「あのね」、と言い聞かせるように、静香の顔を覗きこむ。 「じゃあ、舞には言わない方がいい。だって、あの子は親友の静香が大好きでしょ。それに、僕たち以上に、舞は友達という存在を特別に思ってる。多分、昔何かあったんだね。僕たちといる時、とても幸せそうだもの」  それを壊してしまうの? 「危険な賭けだと、思うけどな」  綺羅の言葉を聞きながら、静香は頭を抱えてしまった。  我慢するのは、性に合わない。たとえ、想いが叶わなくて、自分が傷つくことになっても、静香は自分の想いを貫きたかった。  でも、それが舞を傷つけるとしたら?  静香の果敢な行動が、独りよがりなもので、舞がせっかく得た幸せを壊すものだったら?  それでも、自分の気持ちに正直になることが、間違っていないと言えるのだろうか? 「あ、噂をすれば」  綺羅が頬杖をついたまま、声を上げた。  綺羅の目線の先に目をやると、舞と拓と貴宏の三人が、トレーを持って席に付くところだった。こちらには気が付いていない。  そう言えば、人も増えてきた。ランチ時になったのだ。  声は聞こえないが、拓がしゃべり、舞が笑っている。貴宏は黙って食べているようだが、時折、顔を上げて一言二言返事をしているようだった。 「仲良さそうだねぇ」  何を考えているのか、綺羅はしみじみとそう言った。  なんだか自分に当てこすられているようで、静香はムカムカしてきた。 「舞ちゃん、女の子の顔になったよね」  そんな静香の様子には気づきもせず、綺羅はいきなりそんなことも言ってきた。  思わず舞に目を向ける。珍しくしゃべっている貴宏を見つめる舞の目に、静香はドキリとした。  まるっきり、そこら辺の女と同じ目をしている。「この人に愛されたい」という、女の目。 「静香も同じ目をしてるよ」  綺羅は、飲んでいるコーヒーに目を落として言った。 「どうするの?」 「とりあえず……」 「うん」 「貴宏は許せん」 「……」 「だって、ライバルが貴宏(ゲイ)って、舞にとってもわたしにとっても、不毛じゃないか」  まぁねぇ、と綺羅は半分笑いながら、相槌を打つ。 「で、どうするの?」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加