4 レモン

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「あー、しんどい」  静香は舞の家から出てくると、スマホを取り出した。誰かに電話を掛けると、(そら)を見上げる。月が冴え冴えと明るい。  相手は何コールも出なかった。一度切れてしまったが、静香は平然ともう一度かける。相手がすぐに出ないのは予想済みだった。  二度目も長々とコールして、観念したように相手が出た。静香の顔に複雑な表情が一瞬浮かんだ。 「あ、貴宏?今、舞の家の前なんだけどさ、迎えに来てくれない?」  敢えて、居丈高に言うと、電話の向こうから殺気を帯びた声が聞こえてきた。  さすがに仏の貴宏も、今日は阿修羅のごとく狂暴そうだ。 「じゃあ、いいよ。貴宏に話したいことがあるから、そっちの家まで行くね」  しばらくの沈黙の後、貴宏らしからぬ悪態をつく声がして、それから盛大なため息が聞こえた。  何か言っている貴宏に、静香はうんうん、と頷いた。  電話を切ると、舞の家から五十メートルほど先の、コンビニに入る。十五分もたたないうちに、駐車場に貴宏の車が入ってくるのが見えた。  阿修羅になっても、やっぱりいい奴だな。  舞が好きになるのも納得だ。  静香は自虐的にそう思うと、貴宏の車に近づいていった。 「舞に告白してくれたんだってね」  乗り込むなり、静香は貴宏に言った。  貴宏は静香の顔を、チラリと見ると、車を発進させた。 「舞に聞いたのか?」 「あんたに振られて、すぐにわたしのところに来てくれたよ。わたしの胸に取りすがって、泣いてた」  貴宏はもう一度、静香の顔を見ると、少し笑った。 「よかったじゃないか。それで、今まで舞の部屋にいたのか?」 「うん」 「泊っていけばよかったのに」  貴宏がそう言うと、静香は黙り込んだ。  それからポツリと言った。 「貴宏の事がまだ好きだって」 「……」 「あんたがゲイなら、望みがないのは分かってる。でも、気持ちが消えないんだって。まだ好きでもいいかなって訊かれたよ」 「……」 「わたしは、好きな気持ちはどうしようもないから、仕方ないよって答えた」  それでも自問自答を繰り返し、どうしようもない恋心に苦しむ舞を独りにしておけなくて、静香は舞の側にいてやった。 「それで、さっきやっと眠った。それまで、ずっとあんたへの想いを聞かされてた」  静香はやっと貴宏を見て、微笑んだ。 「そんなので、一晩中いたら、舞をめちゃくちゃにしちゃうか、自分がめちゃくちゃになっちゃうよ」 「……そうだな」  かろうじて答えた貴宏に、静香はフッと笑った。 「でも、なんで貴宏は舞に言ったの?そりゃ、わたしは『ちゃんと振れ』って言ったけど、あんた拓には絶対バレたくないって、言ってたじゃん。舞にまで言ったら、バレるのも時間の問題でしょ」  静香の言葉に、今度は貴宏が押し黙った。 「なんでだろうな」  それから、ああ、と何かに気が付いたように、声を上げた。 「本当はバレてしまいたかったのかもしれない」 「どういうこと?」 「壊したくないけど、壊したい。自分からは壊せない。だから、うっかりなんかの拍子に、壊れて欲しかったのかな」  訳が分からない貴宏の言葉に、静香は「なにそれ」と言いながらも、分かる気がした。  舞と今の自分の心地よい関係を、このまま続けるのは、天国にいながら地獄にいるようなものだ。偽物だと分かっていながら、続けなくてはならないのだから。壊して楽になりたいと思う時もあるだろう。  どちらにしても、つらい道だ。 「それなら、俺の望みは叶ったはずだけど」  貴宏の言葉に、静香はハッとした。 「え?」 「綺羅に聞いてないのか?拓はもう俺の側にはいないよ」  おどけるように言った貴宏の、その痛ましさに静香は息を呑んだ。 「拓に告白したの?」 「する前に、去っていった」  貴宏は車をとめた。静香の家の前だ。 「それで?静香はどうするの?静香は舞をあきらめないんだろ?拓はやる気満々だったよ。うかうかしてると、持って行かれるよ」  容赦のない貴宏の言葉に、静香は何も言えなかった。
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