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例のごとく、早めのランチにしようと食堂に入ると、拓の姿を見つけた。貴宏の姿はなく、静香が知らない男友達と四人ほどで、ご飯を食べていた。
貴宏がいないところでも、変わらず屈託のない顔で笑っている拓に、静香はなぜか猛烈に腹が立った。
そのテーブルに大股で近づくと、拓の真横でバンとテーブルを叩いた。
四人は仰天して、一斉に静香を見上げた。
「拓、話があるんだけど」
他の三人を丸ごと無視して、拓にだけ脅すように言う。
「あ、どうぞどうぞ」
他の三人はどう勘違いしたのか、そそくさと他のテーブルに移動していった。
静香が拓の向かい側に座る間も、拓は黙ったままだった。
静香が座って拓を見ると、拓は不機嫌に言った。
「俺たち、飯食ってたんだけど」
拓の前には、食べかけのカレーが置いてあった。
「どういうつもり?」
拓の険悪な雰囲気に、静香はちょっとたじろいだ。それでも強気を装って、言う。
「貴宏は?」
拓は心底嫌そうな顔をして、ため息をついた。
「俺たち別に、いつも一緒なわけじゃないし」
「でも、大体一緒だったじゃない。なんで急に離れてんのよ」
「はぁ?」
拓は静香を睨みつけた。拓のこんな目を見るのは初めてだ。移動していった三人組が、気になるのかチラチラとこちらを見ている。
「俺はもう、貴の隣に引っ付いているのは、止めたの。今まで、一緒にいすぎたんだよ。別に喧嘩してるわけじゃない。お前らと一緒だよ。一緒の時もあれば、そうじゃない時もある。だいたい、なんでお前にそんなこと言われなきゃなんないんだよ」
お前らと一緒。
そうか、貴宏が絶望するわけだ。
特別であるために、ずっと心に蓋をしていたのに、「一緒」になってしまったのだから。
拓は何かを思い出したのか、静香をじっと見た。
「舞ちゃん、あれから元気になった?最近見てないから、心配で」
あれから?
静香が怪訝な顔で、拓を見返すと、拓は憂い顔で続けた。
「泣きながら、お前のところに行っただろ。貴に振られて」
静香は驚いて、目を見張った。
「あんた、知って……」
動揺する静香の顔を見もせず、拓は頷いた。
「たまたま走っていく舞ちゃんを見かけたんだ。だから後をつけた」
俺さ……と続ける。
「もう、遠慮しないから。舞ちゃんの事、本気で行く。貴宏への気持ちなんか、俺が消してやる」
以前なら、そんな拓を鼻で笑うことができた。嫌味の一つでも言おうと思った静香は、口を噤んだ。もう、冗談半分でからかうことなどできない。言わせない雰囲気が、拓の周りに漂っていた。
拓に持っていかれるよ。
「駄目」
気が付くと、そう口にしていた。
拓が不愉快そうに、静香に目を向ける。
「何だって、お前はそんなに俺の事、嫌がるんだよ。親友だからって、お前にそんな権限ないだろう?」
「本気だから」
「え?」
心底怪訝そうに、拓が首を傾げる。
「本気で舞の事好きだから、誰にも渡したくない」
「……お前、それって」
「そうだよ」
静香は胸を張った。拓に今言うつもりはなかったが、別にわたしは堂々と言える。
「わたしは女として舞が好きなの」
「……」
拓はたっぷり十数秒は静香を見つめてから、我に返ったように、頭をガリガリ掻いた。
「ああ、そういうことか」
呟いてから、改めて静香を見つめた。
その目はもう、友達を見る目ではなかった。恋敵だ。ニヤリと笑って、挑発的に静香を見る。
「そう言うなら、その友達枠から出てきて、さっさと自分の気持ち言えよ」
フェアじゃないだろ?
その生意気な顔に静香は腹を立てながらも、「こいついい男になったな」と舌を巻いた。
貴宏には酷な話だが、貴宏から巣立ちして、拓は確実に男を上げた。ピヨピヨ鳴いていたヒヨコが、立派な雄鶏になって、高らかに啼いている。
「あんたさ」
凛々しい拓の顔を見ながら、静香は貴宏が哀れになった。
「貴宏がなんで、告白されたわけでもないのに、舞を振ったと思ってる?」
「……俺が言ったからだろ」
急に弱気になって、言いにくそうにぼそぼそと言う拓に、静香は少し胸がすいた。
「分かってるじゃん。貴宏は拓に嫉妬されたくなかったんだよ。好きな相手に嫉妬されるのって、地獄だからね」
拓の表情が、ぽっかり空いた穴のように虚ろになった。昔の拓が戻ったようで、静香はクスリと笑った。
この暴露が、果たして親切心なのか、悪意なのか、静香自身も分からなかった。
恐らく両方だ。不憫な貴宏の気持ちを拓に知ってほしいとも思ったし、二人がもっとぐちゃぐちゃになってしまえばいいとも思った。
そうしたら、わたしの恋だってうまくいくかもしれない。
「舞は落ち込んでいたけど、だいぶ元気になったよ。今から会いに行って、拓が言うように、自分の気持ちを伝えてくる」
そう言うと、まだ考え込んでいる拓を残して、舞の許に急いだ。
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