5 ブドウ

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 インターホンのカメラに映った人物を見て、綺羅はため息をついた。  昼間に「で、どうするの?」と追い詰めた時の、静香の顔を思い出す。あの時の自分の気持ちが分からない。静香を煽って、どうしたかったのか。こうして結果が戻ってきても、綺羅はやっぱり分からなかった。  ドアを開けて、迎え入れる。 「どうしたの、静香?ずぶぬれじゃん」 「家まで貴宏に送ってもらったんだけど、一人になりたくなくて、ここまで走ってきた」  本降りになった外を見て、綺羅は呆れた声を出す。 「馬鹿じゃん?」 「うん」  静香は素直に頷いた。 「舞のところに泊めてもらえばよかったのに。きっと泊めてくれたよ」  静香はうつむいたまま、首を横に振った。 「無理。襲っちゃう」  僕に襲われるかもとは思わないわけね。  綺羅はあきらめて、静香をソファに座らせると、バスタオルで頭を拭いてやった。バスタブにお湯も張る。  風邪をひくから風呂に入れと言うと、静香は素直に風呂に入った。こんなに健気で素直な静香を、例えば拓が見たとしたら、仰天するだろう。 静香は綺羅のスウェットを着て出てきた。二人の身長はほぼ同じだ。まるで自分のもののように、しっくりと着ている。 「で?どうしたって?」  訊きながらも、大体予想はついている。その顔を見た時から、有言実行したのだと思った。貴宏との直接対決だ。 「貴宏に舞をちゃんと振れって言った」 「それで舞が自分のところに来るなんて……」 「思ってないよ。思ってないけど……」  ぐずぐずと静香は沈んでいく。外での強気とは裏腹に、落ち込んでここに来ると、いつもこんな調子だ。その弱々しさに、綺羅はちょっとやられてしまう。 「静香、慰めてあげようか?」  静香を隣に座らせ、そう訊ねると、静香はちょっと顔を上げただけだった。 「男とは出来ない」  すげなくそう言う。 「女だったら?」  今度は顔を上げて、じいっと見てきた。そしてやっぱり首を横に振る。 「好きな女としかしない」  綺羅は両手を上げた。それから、ぽんぽんと静香の頭をたたいた。 「ぶれないねぇ、静香は」  そして毛布を静香に投げてよこすと、自分はそそくさとベッドに潜り込んだ。 「そこで寝て。おやすみ」  静香が毛布を広げる音がする。途中で「あ」と静香の声が聞こえた。 「もしかして、綺羅って……」 「……」 「綺羅?寝ちゃった?」  探るような静香の声を聞きながら、綺羅はひたすら寝たふりを決め込んだ。  とにかく干渉してくる家だった。綺羅の上には姉が三人もいる。すぐ上の姉でも、六歳も年上で、遅くに生まれた綺羅は、格好のおもちゃだった。だいたい「綺羅」と言う名前も、姉のうちの一人が付けた。「キラキラ星」の「綺羅」だ。  両親はセンスがいいと褒めちぎり、そのまま出生届に書いた。  名前を付けた人形のように可愛がられ、三人で綺羅を取り合うようになった。どうにか自分色に染めようと、綺羅の機嫌を取ったり、脅したり、三人はあれこれ画策した。綺羅はといえば、今日は誰の言うことをきけばいいか、戸惑うこともしばしばだった。  日によって、男の子になったり、女の子になったり、違うのだ。三人が三人とも好みが違ったので、誰の人形かによって、性別も服の趣味もコロコロ変わった。  それは、綺羅がだいぶ大きくなるまで続いた。そして、中学三年生の時に、綺羅は自ら部屋にたくさんの鍵を付けた。  もう、たくさんだ。  内側にズカズカ入ってくる奴を、全部締め出してやろうと思った。  姉たちは諦め、興味を失った。  自分というものを勝ち取った綺羅だが、さてそれからどうしていいか分からなくなった。  自分が何者か分からない。どうしていいか分からない。男の姿が正しいのか、女の姿が正しいのか、分からない。結果、綺羅はどっちつかずの人間になった。  いや、人間かどうかも怪しい。綺羅は人という生身である自分に抵抗があった。食べ、排泄し、考え、欲情する。  何と浅ましく、気持ち悪い。
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