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講義の後に教授に提出するレポートを書いていると、舞のスマホが震えた。
メッセージを確認して、舞は吹き出した。
『綺羅に絡まれてうざいから、助けに来て』
静香だ。舞から見て、静香と綺羅は仲が良いと思うのだが、何かと構ってくる綺羅を静香は邪険にしている。
綺羅が男だったら、とても似合いのカップルだと思うんだけどな。
美男美女だ。ツンデレの美人を溺愛する、謎めいた美青年。勝手に設定を妄想して、舞は一人ニヤニヤしそうになるのを、なんとかこらえた。
舞はマンガ好きだ。こういう設定は萌える。
急いでレポートを仕上げると、舞は食堂へ向かった。静香は午後からの講義だけだが、昼ご飯を食べに来たらしい。
広い食堂を覗くと、すぐに目についた。本当に二人は目立つ。
周りの人たちが、チラチラと二人を気にしているのが分かる。まるで芸能人だ。
舞が二人と一緒にいる時でも、その注目度は変わらないだろう。だがその時には気が付かない。同じ輪の中にいる時は気づきもしないが、こうして輪の外から見ると、彼女たちが特別な存在だと感じる。
人の目に留まる存在感。
その中に自分が入って行くのは、場違いな気がして、舞はいつも気後れしてしまう。
ホラ、アノ子、カンチガイシテルヨ
「舞!」
明るい声がして、舞はビクッと我に返った。見れば、静香が手を振っている。
舞は苦笑する。そんなに手を振らなくても、すぐに分かるよ。
数人が舞の方を振り返るのを視界の端に捉えながら、舞も小さく手を振って、二人のもとに足を向けた。
静香の隣に腰を下ろす。
「お疲れ、舞。今からお昼?」
綺羅は笑顔で舞を労ってくれた。綺羅の声は高くもなく、低くもなく、耳触りがいい声だ。甘く響くその声音が、綺羅の性別不明に一役買っていた。
静香が舞を呼んだことを、綺羅は知らないらしい。
舞はわざと神妙な顔をしてみせた。
「友達を助けに来たよ」
綺羅は当惑したような顔で、首を傾げる。
舞は黙って、スマホを取り出した。静香は素知らぬ顔で、うどんをすすっている。
静香からのメッセージを見せると、綺羅は声を上げて笑った。
「ひどいなぁ、静香。うざいなんて言われたら、僕ストーカーになって付きまとっちゃうよ」
笑いを含みながら、その綺麗な顔と甘い声で言われると、どんな言葉でも口説き文句にきこえてしまう。舞がうっとり聞いていると、静香は忌々しそうに吐き捨てた。
「黙れ、気持ち悪い。このマゾ野郎」
一方静香は、その美しい顔からは想像ができないほど、口が悪い。
二人の不毛な会話を半分聞いて、舞は立ち上がった。
「お昼、買ってくる」
綺羅が手を上げて、応えた。
いったん輪に入ってしまえば、大丈夫だ。もう気後れすることもなかった。
「拓と貴宏も来たんだ」
本日のおすすめランチ、なすとオクラのミートソーススパゲッティを手に、舞は食堂の入り口に二人を見つけた。
目は貴宏に吸い寄せられ、今更ながら、まんまと本日のおすすめに引っかかってしまった、自分に後悔する。
舞はいつも悩む割には、似たようなものを買ってしまう。安牌を選んで、同じようなものになってしまうのだ。手にした赤いスパゲッティを見て、ため息をつく。ミートソースは舞の好物だ。そして失敗がない。和風だの、クリームだのをたまには食べたいと思いながらも、結局トマトソース系にしてしまう。
貴宏を見た途端、そんなことが気になってしまった。
静香なら大口を開けて笑い飛ばしそうだなと思いながらも、舞はそういう小さなことを気にしてしまう。
しかも、トマトソースは口の周りにつくと、目立つ。
「あ、舞ちゃん」
拓が気が付いて、舞に手を振る。
舞はもう静香たちのテーブルに、ほとんど戻っていた。
「お、美味しそ」
静香は拓の声が聞こえなかったのか、それともわざとか、拓の声には全く反応せずに、舞の皿を覗きこんで感想を言った。
手を振りながら、笑顔のまま近づいて来た拓が、すぐそこまで来てやっと気が付いた。
「あ、二人もいたんだ……」
戸惑ったような声に、静香がやっと顔を上げて拓を見た。ニヤリという擬態語そのままに、口と目が笑っている。
隣で貴宏が、あーあという顔をしていた。
「そう、わたしたちも一緒だよー。ざーんねん」
静香が厭味ったらしく語尾を伸ばす。
綺羅が気の毒そうに拓を眺めていた。
「本当に、拓ちゃんって、期待通りのことするよね」
怒っていいのか、謝っていいのか、判断しそびれて、結局恥ずかしさに顔を歪めた拓を、舞は笑顔で迎えた。
「お疲れ。お昼今から?一緒に食べようよ」
拓は自分と似ている、と舞は思っている。
力が入りすぎて、空回りしている。ちゃんとしたいと思って、失敗してしまうのだ。
「……買ってくる」
拓はくるりと向きを代え、食事の調達に向かった。ため息とともに、貴宏もついていく。
静香と綺羅が顔を見合わせて、くすくす笑い始めた。
絶対に振り向かない拓の後ろ姿が、少し揺れた。
舞はいたたまれなくなって、スパゲッティにがっつき始めた。
二人の笑い声が不愉快だが、だからと言って、どう言えばいいか分からない。
拓たちには「一緒に食べよう」と言いながら、怒ったように猛然と食べ始めた舞を、静香は驚いたように見た。
「……一緒に食べるんじゃなかったの?」
舞は喉を詰まらせ、慌てて水を飲む。落ち着かせるように息を吐くと、怒っているようにボソッと言った。
「食べるよ。でも、わたし食べるの遅いから、先に食べ始めるくらいでちょうどいいの」
ただただ驚いているだけの静香の前で、綺羅はクスリと笑った。
「舞はいい子だからね」
イイコブリッコ
綺羅の言葉に、昔投げつけられた言葉が重なって、舞は一瞬、キュッと目を瞑った。
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