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「それにしても意外だったなぁ」
今日も、バイト先まで貴宏が乗せてくれた。舞は早速、昼間のことを話題にした。
ん?という風に、貴宏が少し顎を上げる。
「学祭だよ。ああいうの、貴宏が好きだなんて、意外だった」
貴宏は眉間をすこしだけ寄せた。
「別に大好きってわけじゃない。嫌いじゃないってだけだ」
それから軽く首を横に振った。
「大体拓は、俺が熱心だった、みたいな言い方をしたけど、一番盛り上がっていたのはあいつだからな」
あいつがあまりに一生懸命だったから、俺は手伝ってやったんだよ。
文句を言っている割に、貴宏の顔は楽しそうだ。眉間の皴はすぐに取れ、口元が緩んでいる。
「楽しかったんじゃん」
貴宏が話してくれるのが嬉しくて、舞がそう茶化すと、貴宏は素直に「まぁな」と認めた。
「高校生の時って、やっぱり特別だろ」
照れ隠しのように貴宏がそう言うので、舞はうーんと内心首をひねった。それは人による。
反論する代わりに、舞はこう言った。
「きっと拓が一緒だったからだね」
「え?」
貴宏は驚いたように舞を見た。
舞は焦って声を上げる。
「前!前!」
幸い、すぐ前に車はいなかった。中央線をすこしはみ出てから、自分の車線に戻る。
赤信号で止まると、舞は驚きと共に貴宏を見た。
慎重な運転をする貴宏にしては、珍しい。
「びっくりした」
舞がそう言うと、貴宏は低い声で謝った。
それからは、何となく二人とも黙っていた。
先ほどの親密な雰囲気が嘘のように、車内の空気が固くとがっているような気がした。
それでも舞は勇気を振り絞って、話の続きを始めた。
「拓と貴宏は本当に仲が良かったんだね。だから、文化祭の時も二人で残るし、学校も楽しかったんだよ。うらやましい」
親友か、と最後に舞が呟いた。
すうっと貴宏の周りから緊張が解けていった。
「舞だって、静香がいるだろ。親友じゃないのか?」
舞は困ったように、笑った。
「静香?なんか、恐れ多いよ、親友なんて。静香は綺麗だし、目立つし。わたしとは全然違うもの」
貴宏は、いつもの興味がなさそうな顔に戻っていた。「フーン」とこれまた、興味がなさそうに、相槌をうつ。
「でも、静香は舞の事、親友だと思っていると思うぞ」
「え?」
驚く舞を、貴宏は不思議そうに一瞥した。
「だって、静香は舞のこと、大好きだろう?周りから見ていたって、そう見える」
「え?」
舞は馬鹿みたいに、もう一度繰り返した。
貴宏は興味がなさそうな口調のまま続けた。
「舞は自分に自信がないだけなんだろうけど、静香に対して、それはちょっと失礼だと思う」
車はスーパーの駐車場に下りていった。従業員用の奥まったところに車を停めると、貴宏は何事もなかったかのように、車を降りた。
舞も慌てて車から出る。
「ありがとう」
そう言うのがやっとだった。
「おう」
貴宏は短く答え、足早に着替えに向かった。
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