1 ハッカ

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「お化け屋敷ってのはどう?静香の幽霊とか、綺羅のドラキュラとか、貴宏のフランケンシュタインとか、ウケると思うけど」 「高校の文化祭じゃあるまいし」  拓が意気揚々と提案すると、静香が白けた顔で一蹴した。 「大体、お化け五人って、どんなしょぼいお化け屋敷よ。和洋折衷だし」  そこまでけなして、静香は「あ」と思いついたように声を上げた。 「もしかして、高校の文化祭で出したのって……」 「お化け屋敷」  拓ではなく貴宏が答えると、静香は声を上げて笑った。 「拓、あんた成長してないんだね」  拓は口をとがらせ、黙って椅子に座りなおした。  拓は本当に感情がすぐに顔に出る。それが静香や綺羅に遊ばれる、格好のネタになる。 「喫茶系はどうかな?すごく繁盛すると思うけど」  綺羅が口を挟んだ。  確かに静香や綺羅、貴宏が給仕するとなったら、男女問わず客が殺到しそうだ。舞も拓も、三人ほどではないが、人気がある。 「ダメ」  静香が即答した。 「舞なんか、メイドさんの恰好したら、可愛いと思うけど」  それでも綺羅が言うと、拓と静香が一瞬止まった。  拓は完全に妄想に入った顔だ。  バン!  静香が机を叩いた。拓は夢から醒めたような顔で、静香を見る。 「舞が……女子が危ないだろうが。男客には給仕しないよ」  静香が座った目で綺羅を睨むと、綺羅は両手を上げて降参した。 「分かった、分かった」  さほど残念そうでもなく、自分の案を取り下げる。  拓が少し残念そうな顔になった。 「わたし出店(でみせ)がいいなぁ」  出し抜けに、舞が呟いた。 「出店?」  貴宏が反応する。 「うん、お祭りの出店みたいなやつ」 「いいねぇ」  静香があっさり舞の案に乗る。 「でも、なんの?」 「わたしお好み焼き焼けるよ」  今日の舞は調子がいい。自分に自信が出てきたわけではないが、臆さずしゃべれている。(はず)してもなんてことない、と思える。  ああ、と綺羅が頷いた。 「舞は広島出身だったね」  舞は頷く。あまりいい思い出がない広島。だが、確かに舞の故郷だ。 「ああ、じゃあ広島焼かぁ。いいんじゃない?俺たちも焼けるように練習するってことだよな?」  拓がはしゃいで言うのを、舞はキッとなって止めた。 「広島焼っていう言葉はないんだよ」  広島の人は、広島式に焼かれるお好み焼きを、広島焼とは呼ばない。お好み焼きがそれだからだ。  それからしばらく、広島のお好み焼きを、広島焼だのモダン焼きだのと呼ぶことへの怒りを、皆に熱心に伝えたのだった。  高校の文化祭にはいい思い出がない。  小学校から一緒だった愛莉ちゃんは、高校までずっと同じ学校だった。  たまたまではない。舞が愛莉と同じ学校をわざわざ受けたのだ。  今思えば、舞は愛莉に依存していた。  愛莉ちゃんの近くにいれば、大丈夫。  人見知りする舞は、いつでも輪の中心にいる愛莉のそばにくっついて、仲間に入れてもらっていた。  文化祭のようなクラスの結束を強める行事の時は、采配を振るう愛莉の期待を裏切らないように、神経をすり減らせてヘトヘトだった。  愛莉に罵られるのが、怖かったからだ。  愛莉は、人の陰口はよく言うが、正面切って嫌な態度を取ることはない。空気を悪くしないように、気を使って行動していた。  舞以外には。 「舞は親友だから、本当に思っていることを言うね」  愛莉は小学校五年生の時に、自分に引っ付いてくる舞にそう宣言した。そして実行した。  愛莉は舞にしか聞こえない、タイミングと声量で、思っていることを一方的に伝えてきた。  それが友情に対するものではないことは、中学に入ってすぐに分かった。  舞にホントウノコトを言う時の愛莉の目は、爽快感と愉悦に輝いていた。舞のことを思ってではない。舞を傷つけることを、彼女は楽しんでいた。圧倒的優位に立っている自分を楽しんでいた。  気が付いても、舞は何もしなかった。愛莉の仕打ちと加護に甘んじていた。  愛莉は高校を出て就職した。舞は大学へ進学した。  さすがに愛莉を追って、進学を取りやめることはしなかった。  そして、愛莉の呪縛が解けた。  愛莉がいなくても、自分で生きているし、友達も出来た。  ただたまに愛莉の声が頭をよぎることがある。  その効力はまだ健在のようで、育ちかけた舞の自信を、マメに潰し続けていた。
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