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「お化け屋敷ってのはどう?静香の幽霊とか、綺羅のドラキュラとか、貴宏のフランケンシュタインとか、ウケると思うけど」
「高校の文化祭じゃあるまいし」
拓が意気揚々と提案すると、静香が白けた顔で一蹴した。
「大体、お化け五人って、どんなしょぼいお化け屋敷よ。和洋折衷だし」
そこまでけなして、静香は「あ」と思いついたように声を上げた。
「もしかして、高校の文化祭で出したのって……」
「お化け屋敷」
拓ではなく貴宏が答えると、静香は声を上げて笑った。
「拓、あんた成長してないんだね」
拓は口をとがらせ、黙って椅子に座りなおした。
拓は本当に感情がすぐに顔に出る。それが静香や綺羅に遊ばれる、格好のネタになる。
「喫茶系はどうかな?すごく繁盛すると思うけど」
綺羅が口を挟んだ。
確かに静香や綺羅、貴宏が給仕するとなったら、男女問わず客が殺到しそうだ。舞も拓も、三人ほどではないが、人気がある。
「ダメ」
静香が即答した。
「舞なんか、メイドさんの恰好したら、可愛いと思うけど」
それでも綺羅が言うと、拓と静香が一瞬止まった。
拓は完全に妄想に入った顔だ。
バン!
静香が机を叩いた。拓は夢から醒めたような顔で、静香を見る。
「舞が……女子が危ないだろうが。男客には給仕しないよ」
静香が座った目で綺羅を睨むと、綺羅は両手を上げて降参した。
「分かった、分かった」
さほど残念そうでもなく、自分の案を取り下げる。
拓が少し残念そうな顔になった。
「わたし出店がいいなぁ」
出し抜けに、舞が呟いた。
「出店?」
貴宏が反応する。
「うん、お祭りの出店みたいなやつ」
「いいねぇ」
静香があっさり舞の案に乗る。
「でも、なんの?」
「わたしお好み焼き焼けるよ」
今日の舞は調子がいい。自分に自信が出てきたわけではないが、臆さずしゃべれている。外してもなんてことない、と思える。
ああ、と綺羅が頷いた。
「舞は広島出身だったね」
舞は頷く。あまりいい思い出がない広島。だが、確かに舞の故郷だ。
「ああ、じゃあ広島焼かぁ。いいんじゃない?俺たちも焼けるように練習するってことだよな?」
拓がはしゃいで言うのを、舞はキッとなって止めた。
「広島焼っていう言葉はないんだよ」
広島の人は、広島式に焼かれるお好み焼きを、広島焼とは呼ばない。お好み焼きがそれだからだ。
それからしばらく、広島のお好み焼きを、広島焼だのモダン焼きだのと呼ぶことへの怒りを、皆に熱心に伝えたのだった。
高校の文化祭にはいい思い出がない。
小学校から一緒だった愛莉ちゃんは、高校までずっと同じ学校だった。
たまたまではない。舞が愛莉と同じ学校をわざわざ受けたのだ。
今思えば、舞は愛莉に依存していた。
愛莉ちゃんの近くにいれば、大丈夫。
人見知りする舞は、いつでも輪の中心にいる愛莉のそばにくっついて、仲間に入れてもらっていた。
文化祭のようなクラスの結束を強める行事の時は、采配を振るう愛莉の期待を裏切らないように、神経をすり減らせてヘトヘトだった。
愛莉に罵られるのが、怖かったからだ。
愛莉は、人の陰口はよく言うが、正面切って嫌な態度を取ることはない。空気を悪くしないように、気を使って行動していた。
舞以外には。
「舞は親友だから、本当に思っていることを言うね」
愛莉は小学校五年生の時に、自分に引っ付いてくる舞にそう宣言した。そして実行した。
愛莉は舞にしか聞こえない、タイミングと声量で、思っていることを一方的に伝えてきた。
それが友情に対するものではないことは、中学に入ってすぐに分かった。
舞にホントウノコトを言う時の愛莉の目は、爽快感と愉悦に輝いていた。舞のことを思ってではない。舞を傷つけることを、彼女は楽しんでいた。圧倒的優位に立っている自分を楽しんでいた。
気が付いても、舞は何もしなかった。愛莉の仕打ちと加護に甘んじていた。
愛莉は高校を出て就職した。舞は大学へ進学した。
さすがに愛莉を追って、進学を取りやめることはしなかった。
そして、愛莉の呪縛が解けた。
愛莉がいなくても、自分で生きているし、友達も出来た。
ただたまに愛莉の声が頭をよぎることがある。
その効力はまだ健在のようで、育ちかけた舞の自信を、マメに潰し続けていた。
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