第5話  角煮飯

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第5話  角煮飯

  角煮飯 その日本人にはない青い瞳に惹かれたのは春の始まりの頃。 故郷長崎の家のそばに咲く花を懐かしく思い出したのは、 川縁を彩る桜の中に一本見事な枝垂れ桜を見つけたせいかもしれない。 足を止めた数メートル先。 満開の桜を見上げる君の眼が美しくて、俺は桜よりも君のことをずっと見ていた。 営業先の近くに川の見えるカフェがあって、 打ち合わせが早めに終わり、 そうだすこし休んでいくかとそのカフェに入る。 川に向かって開かれたウインドーの前にはカウンターがあり、 その80センチほどの高さのカウンター越しに見る賀茂川はとても緩やかで初夏の陽光にキラキラとその流れを見せていた。 スタッフのいる側の床は20センチほど下がっているので、彼の頭を超えて川辺を眺めることができるって、 え?   彼…… ややぞんざいに見える手つき、 それでも的確にサイフォンでコーヒーを落とす。 そしてサイフォンのガラス越しにみえる伏し目の隙間から覗く瞳の色。 それはあの日見た色と同じ青。 思わず声を上げてしまった俺の方を見ることもなく、 真白な北欧製のカップに 透明でやや黒みを帯びたコーヒーを濯ぐ。 その指はしなやかでそれでも節はしっかりとしていて、 節から伸びる指先の爪はとても形が良かった。 カウンターの真ん中よりウィンドウより、 さっと目の前に置かれたコーヒーの香りが鼻をくすぐる。 ……何秒間か待ってからソーサーを手元に引き寄せた俺に、 彼はゆっくりとその眼差しを向けた。 それが彼との出会い、 いや彼が俺を初めてその瞳の中に映した日のことだった。 あれから、2年。 営業先の担当は別の人に変わったけど、 俺はそのカフェに通った。 ただ賀茂川の移ろう四季を眺めるため、 ただ彼に会いにいくために。   秋に東京の本社に転勤が決まり、 それまではカフェでしか会うことのなかった彼を夕飯に誘った。 高鳴る胸はなんのためなんだろう? 俺はそれまで同性を意識したことはなかったから、 なぜこんなに彼に惹かれる意味がわからなかった。 でも、離れるとなったら…… 急に、頭から血が下がり息苦しく体がずんと沈み込む。 これは? 初夏の京都は夜でも蒸し暑くて、 夕飯を済ませて後、 あまりお酒は好きじゃないという彼と 賀茂川の川縁で夕涼みをした。 彼につられて俺もビール一本くらいしか飲んでいないので、 座ったものの、隣の彼の体温に言葉が詰まる。 それでも二人の間には心地よい沈黙が流れ、 30分ほど経ち、 月が遠くの四条通の建物の陰に入る頃、 彼が言った言葉が俺を天国に連れて行った。 「 つまんない…… 東京?どこ? 遠い…… いやだな 」 その言葉は俺の体温を3度ほど上げて、さらに俺の舌は回らなくなった。 「 遊び……に、  来る? 」 やっと出た言葉に 頷いた彼の瞳はやはり青くて、 でも少しベールがかかっていて、 川縁のやけに白い街灯の下で、 ほほが光って、 それが初めて涙なんだと俺は気がついた。 続く
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