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なんとなく離れがたく、帰りそびれていると、そのまま付き添いを頼まれていた。本人が知り合いだと認めてしまったからだ。本当は、名前も知らない赤の他人だと知られたら、どうなるやら。
診察してくれた初老の医師からは、睡眠不足と栄養不足を指摘されていた。
「ダイエットなんかしてる場合じゃないよ。しっかりと三食、ご飯を食べないと」
幼い子ども相手に叱りつけるような医師の口調を聞きながら、俺は黙りこんでいた。
どうして、こいつは弁当の中身を捨てていたんだ?
手作りの弁当を捨てて、コンビニに通っていたんだ?
診察室を出た俺たちは、待合室のソファにもたれかかっていた。
俺から切り出す前に、やつは自分から話しだした。
「あたしの母さん、栄養士でね。でも、料理研究家になりたいって言いだして、最近、朝から晩まで家にいないの」
「え?」
「学校の給食は、味よりも予算や栄養のことばかり気にしてるでしょう。家も同じ、ヘルシーで野菜たっぷり、お母さんのオリジナルメニュー。みんな、言うことは一緒なんだよ。子どもは健やかに育つべきだって。もう、うんざり」
「そう、か」
「健康とか理想とか、子どもに押しつけられるの、迷惑なんだよ。こっちだって、好きなもの食べたい。脂たっぷりのカルビとか、甘すぎるタピオカミルクティーとか」
「だよな。子どもだと、まだビールも煙草もダメだし」
「そうそう。こっちも、好きなもの選びたい。お酒飲みたいとは言わないけど、体に悪いものくらい食べたい」
子どもにだって意思がある。学校や親の思惑ばかりでは育たない。
「あとさ、バーニャカウダ好きっていう女、大嫌い」
「すごいところ、ついてくるな。バーニャカウダなんて」
「そう? うちの母さんのまわりの女には、わりと多いよ。こじゃれて見えるけど、ウサギの餌と変わらないじゃん、あれ。大根とかニンジンとかビーツとか、要は生野菜の切れっ端でしょ」
「……言うねえ」
「どんなに忙しくても、子どもの食事に手を抜きませんとかさ、良い母親アピールされるのが気持ち悪いんだよ」
いま、この子が必要としているのは、理想的なメニューじゃない。一緒に食卓を囲む相手だ。
こいつの親は、弁当の中身には気をまわすのに、どうして本人が具合悪くなって倒れるまで、痩せ細っていることにも気づかなかった?
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