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「すみませんでした」
もう何度頭を下げたのか分からない。それほど頭を下げ続けた。相手がどんなに気に食わない狸だったとしても関係ない。
頭を下げるたび、堅苦しいネクタイが喉を締め上げた。
「まぁね、確かにこれから君の特集を組もうと思ってた矢先だったから引退なんて残念には変わりないけど……まぁあの引き様、というか自分勝手っていうの? まさにロックンローラーって感じだね」
「この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「いくらやり手とはいえ、鮫島君も自由奔放なアーティスト抱えてると大変だね。でもサクラ、まだ会社に残るんでしょ?」
「はい、新人のプロデュースを。アンナと申します。是非これからもよろしくお願い致します」
隣の鮫島は引く程の営業スマイルを貼り付けると杏奈の宣材写真を彼女の名刺がわりに見せた。目の前の狸が舐めるように写真を見る。
一気に毛が逆立つ感覚。ぶん殴ってやりたい。
「アンナってもしかして、あの“アンナ”?」
「え、えぇ……」
「へぇ……なかなかのべっぴんさんじゃないか。シンガーじゃなくてグラビアでもいけるんじゃない? 今日は連れてきてないの」
「申し訳ありません。彼女はまだ現役の高校生でして」
「そうか、あのラブソングの相手はこの子だったのか。まさか女子高校生とは……ははっ、見かけによらず君もやるじゃないかサクラ。犯罪にならないよう、あぁ……パパラッチには気をつけろよ!」
ぽん、と肩に生温い手が乗った。
もし僕が守るもの身ひとつの人間だったら今すぐ衝動のままに拳を飛ばしていた。でも今僕の手の中には彼女が、彼女の夢がいる。
いつも視界を消してくれる前髪はヘアピンで綺麗に持ち上げられてしまっていた。顔を上げる。想像通りの下世話な顔だ。あぁ、 反吐が出る。
「ご忠告、どうも」
この顔を作れるようになったのは、僕がこの世界で無駄に歳を取った代償なんだろう。
できれば彼女には、綺麗なものだけを見せたいのに。
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