35人が本棚に入れています
本棚に追加
守屋の視線を切るように、ヨシトは無理やり話を戻した。
「でも営業から開発への異動って、珍しいですよね?」
「ああ、ほんとは最初から開発志望だったんだけどな。最初は営業やっといて損はないって配属されたけど、なかなか動かしてくれへんから、めっちゃ頑張った」
はあ、と曖昧に頷くと、真顔になった守屋はマグロ納豆をつつきながら言う。
「選手の経験値は売るとして、それ以外にもちゃんと出来てないととは思ったな。理系とか、専門課程の連中と同じ土俵は無理やから」
ということで、ちゃんと本を読めと蒸し返され、再び平謝りのヨシトである。
「それでも開発が良かったんですか…? 広報とかじゃなくて」
広報は花形部署だ。CMやイベントの企画も多く、守屋のように業界に顔が利き、関係者がいるなら、むしろそちらの方が良かったのでは? と思ってそう問うと、
「どうかな。てか、ヤナギはともかく、他のはもうちょい成績出さないと広告に使えねえ」
「あははは、手厳しいねえ。コバちゃん、まだ柳澤君にも追いつけてへんからな」
朗らかといえる店主の談に、まだ桁が同じだけマシっすね、とちょっと顔をしかめる守屋の傍らで、ヨシトはスマフォをいじってこの試合の情報を確認する。
ただ、と、そこでほとんど囁くように、彼は。
「…うちの製品を」
俺が関わったものを、ひとつでも使ってくれれば。ひとつでも。きっと、そうしたら、
「一緒に、」
やはり仄かに、彼は笑んだ。
きっと 夢を見る
彼 のワインドアップに合わせて高揚するダイヤモンド
もう、その後ろを守る日は来なくても
守屋さん、とヨシトが声を上げる直前。
「あ、いった」
「いったな!」
慌ててテレビに視線を戻せば、白球がライトスタンドに飛び込んでいくところだった。その数秒の間に、それほど大きくない液晶画面全体が大きく揺れて、粟立つのが解った。リアルな音は聞こえないが、球場全体が弾けるような歓喜に包まれている。
「っよっしゃー!!」
「まっちゃん、ようやった!」
「ああもう、遅いで、まっちゃん!」
7回裏、起死回生のスリーランホームランに、店主と守屋がハイタッチしている。
ダイヤモンドをゆっくり回った三塁手がホームベースを踏むまで、スタジアムが鳴動していた。チームメイトに手荒な歓待を受けた三塁手は、最後に先発投手と抱き合った。
そうして迎えた9回表、リリーフに万感の祈りを載せる。
「コバちゃんのひと月ぶりの白星、頼むで!」
「ケント、結婚式のご祝儀、ここで返せ!」
「えっ、ハルさんそれひどい、ってか野球関係ない」
店員まで一緒になって業務を中断し、テレビ画面に釘付けだ。お客さんたちも慣れっこなのか、もう9回か、とか、いま何ゲーム差? などと話している。
そんな中、大柄なサイドスローが投じる白球にくるくると簡単にバットが空を切って、あっという間にカウントが進む。
そこだ、と守屋が低く呟いた。「え、なんですか?」とヨシトが聞き返す間もなく、
「スライダー!!」
何人かの声が重なって、27個のアウトが積み重なった。
ゲームセット。
クローザのガッツポーズは、店主が邪魔でヨシトには見えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!