カレーなるサミット

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「フフフ、どうやら我がカレー八卦陣に捕らえられ、抜け出すことができなくなったようですね……勝負ありましたな」  ブルースリーのような身構えでスプーンを動かし、幾度となくそのカレーを口に運ぶ釈迦の姿を見て、天才軍師孔明は静かに微笑むと自らの勝利を確信する。  …………が、その時。 「カーッカッカッカッカッカッ…!」  どこからともなく、それまでの誰よりも人を小馬鹿にしたような、よく響く笑い声が聞こえてきた。 「我が日の本のカレーを差し置こうとは、そうは問屋が卸しませんよ」  やがて、臙脂の袖なし羽織りに芥子色の衣、頭には頭巾をかぶった一人の老人が、旅姿をした二人の若者を引き連れて姿を現す。 「ご老人、あなたはいったい……?」 「ええい、控えい! 控えおろう!」 「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 前の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ! 頭が高い! 控えおろう!」  思わぬ闖入者に憤怒形からもとの姿に戻り、怪訝な様子で釈迦が尋ねると、お供の二人が一歩前に出て、印籠を高々と掲げながら大音声にその場の者達を一喝した。 「これ、助さん格さん、お釈迦様に失礼でしょう! いやあ、すみません。すっかり身についてしまった習慣なので反射的に……臣下の非礼、どうかご勘弁を」  そう言って好々爺のような笑顔で詫びるこの老人……ご存知、誰もが知る水戸の黄門さま――水戸徳川家二代藩主・徳川光圀である。  諸国漫遊をして悪代官を懲らしめた云々…はまあ、後世の作り話であるが、史実の彼は牛乳やチーズを好んだり、日本初のラーメンを食べた人物としても知られる食通であったりなんかもする。 「ですが、このカレー勝負に関しては遠慮しませんよ? 助さん、格さん、給仕してさしあげなさい!」 「ははっ!」  好々爺の顔から一転、凛とした厳しい声で命じると、お供の二人は素早く釈迦の御前へ丼に盛られたカレーと黒漆塗りの木の匙を用意する。 「これはまた今までのものとはだいぶ趣が異なりますね……これも〝和食〟の一つなのでしょうか?」 「今やカレーは日本の国民食。独自の発展を遂げたそれはある種〝和食〟と言っても過言ではないでしょう。蕎麦屋のカレーは旨いと昔から言いましてな。海軍の広めた英国式カレーばかりでなく、そばつゆをルゥに合わせた和風カレーの伝統も古くからあるのです。それをさらに進化させたのがこのカレー丼です」  初めて見るその和な(・・)カレーに釈迦が尋ねると、御老公は旅の途中、出会った旅籠の主と世間話でもするかのようにそう答える。 「さらにこのルゥには昆布と鰹、アゴ(※トビウオ)から取った三大ダシを加え、具も和風にマグロの切り身と長ネギ、里芋、大根などを煮込んでおります。そして、極上の魚沼産コシヒカリを炊いた米の上には車海老やアナゴ、かき揚げの天ぷらを載せ、さらにその上からカレーをかけるという、これはカレー丼を超えるカレー天丼なのです! さあ、和食の伝統を盛り込んだ日本のカレー、とくと御覧じよ!」 「それでは、ゴチになります……」  続く御老公の説明を聞いてから、釈迦は一周廻って再びスタンダードに合掌をすると、一匙、その天ぷらカレー丼を救って口に含んだ。 「ほおう…五臓六腑に染み渡るような深い旨味……これが和食の醍醐味、ダシが作り出す旨味成分というものなのですね……天ぷらも天にも昇る様にカリカリふわふわだ……なんとも優しい慈悲に満ちたお味です……なんだかこのまま涅槃に入ってしまいそうだ」  咀嚼し、それを飲み込んだ釈迦は、暖かな黄色いオーラを全身から放ち、癒しの空気に満ちた周囲には自然と小鳥や森の動物達が集まり始める。
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