第三話

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第三話

 ガチャン、という鍵が回る音で目が覚めた。ベッドの下で眠っていたらしい。  兄が帰ってきた。 「はぁー、マジうぜぇ! あ……そーそ、マリナのやつ今日生理だからヤれねぇってんだよ」  これは兄の声だ。誰かと電話をしているようで、楽しそうに話をしている。 「ハハ、お前がモテねぇだけだろ。暇だし遊ぼうぜ。……はぁ? お前も今日バイトなん? くっそー、ツイてねえな。ま、いいや。じゃあなー」  ギシッ、とベッドの軋む音が下に響く。この真上に、こんなに近くに兄がいる。  急に響く笑い声。兄がテレビをつけたのだろう。  電子レンジの動く音。冷蔵庫の開く音。プシュ、という音は炭酸飲料のボトルを開けた音か。それらに混じり聞こえる、テレビに笑う兄の声。食事の音。  兄の生活する音が、生々しく聞こえる。  兄のいる空間に存在できる。今、俺は幸せだ。  しばらくそうしていると、下に落ちてきていたベッドマットがぶわりと元に戻った。  戸棚の開く音と、遠ざかる足音。  そして、扉が閉まる音と、断続的に聞こえる水音。これはシャワーの音だろうか。  俺は一度ベッドの下から出て、カバンの中からスプレー缶とタオルを準備する。  時間はもう少しで深夜0時を回る。  そしてまた、さっきと同じようにベッドの下に潜り込んだ。  それから数分も経たないうちに、扉を開け閉めする音が聞こえた。  ドライヤーの音。  足音。  ベッドが軋む。  つけっぱなしだったテレビが消え、部屋の明かりが豆電球になった。  すうすうと、寝息が聞こえる。  風呂に入るとすぐに寝るのは、昔から変わらないらしい。  それからしばらく待ち、ゆっくりと、音をたてないようにベッドの下から這い出る。  何度もシミュレーションしたから、大丈夫だろう。  手にしたスプレー缶の安全装置を外す音が、静かな部屋に響いた。  その瞬間、寝ていた兄が勢いよく起きた。 「誰だ?!」  慌てないように、兄の顔をめがけて持っていたスプレーの噴射ボタンを押す。  スプレーは泡状の催涙スプレーだ。これなら室内でも問題なく使える。 「ギャアアァァ! あがぅっ!」  痛みで悲鳴を上げる兄の口に持っていたタオルを押し込む。  思っているより、兄が暴れる。  あまり手荒なことはしたくないが、兄とセックスするためなら、仕方がない。  今は催涙スプレーでこちらの顔は見えていないだろう。  俺は兄の頬を思いきり叩く。兄は驚いたのか小さくうめき声をあげて、大人しくなった。  カッコよくカッターナイフで兄の服を切り裂こうとするが、漫画やドラマみたいに上手くいかない。  仕方がないので家庭科の授業で使っていた裁ちばさみをカバンから取り出す。  やっぱり服はカッターよりハサミのほうが切りやすいようだ。  ジョキジョキと音を立てて兄の寝間着を切っていく。  また兄が暴れだしたので、もう一度兄の頬を、今度は反対側を叩く。  利き手でハサミを持っているので、さっきより威力はなかっただろうけど、兄はまた大人しくなった。  上を切り終えたら、今度は下のハーフパンツだ。  コツはさっきのシャツで掴んだので、今度は楽に切り終わることができた。  ひと仕事終えたような気分だ。  電気をつけると、布の残骸に裸の兄がいる。 『前はもう少し大きかったと思ったのに』  そういえば身長も、同じくらいになっただろうか。そして軽い。今はもうバスケはしていないのか、家にいた時よりも細くなっている。  そして黒かった髪の毛は明るい茶髪になっていた。  そんな兄は催涙スプレーの効果で、目を押さえ呻きながら涙を流している。 『かずき兄ちゃん、かわいい……』  大好きな兄に使用する前に、自分でも催涙スプレーは使ってみたが、想像を絶する痛みだ。  催涙スプレーの成分で涙が出ると思っていたが、痛みによる涙もあると思う。  でも、このスプレーは後遺症もなく1時間ほどでちゃんと見えるようになる。これなら兄に使っても問題ない。
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