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その優しさは罪
貸しスタジオのカルロスで久しぶりに音を合わせて、まるで12年のときを遡って昔に戻ったように、音を奏で歌うことに二人で熱中した。
スタジオを出て、透さんの車で夜の大宮の街を走る。なんでもあるようでなんにもない街。全部が中途半端、私たち二人みたい。
人目を避けるように入った極彩色のケバケバしい、いかにもなホテルで、私は足が少し震えていた。
夫と同じレベルに堕ちてしまう恐ろしさよりも、もう二十代半ばと違う三十代後半の自分の肌や体の衰えで気後れしていた。
「しないから、大丈夫」
真っ赤でチープなソファ。煙草を吸ってからじゃれあった。彼は抱き寄せて、私の髪を撫でながら12年分の空白を埋めるようにキスをしてくれる。
「やっぱり賞味期限切れてた?」
無理矢理泣き笑いしてる私に、
「違う、望菜美を貶めたくない」
こんな所に来てまでカッコつける彼の優しさは罪深い。私はこれ以上踏み込む勇気が無くて、ただ彼の口づけに溺れていた。私より柔らかで少し赤茶けた猫っ毛の彼の髪を鋤くように梳かしながら、彼の背中にそっと腕を回す。
彼は私に耳打ちしながら、折れるほど強く抱きしめてくれた。
「愛がなきゃ音楽じゃない。自分の言葉で戒めるよ」
「ここまで来たら戒めも虚しいのに」
私は彼の胸に甘えて堪えていた涙が溢れた。
「体で繋がるのは簡単。でも、音と心で繋るのは難しい。望菜美が何で弱ってるのはなんとなく分かってる。弱味に漬け込むような真似だけはしたくない」
「弱ってなんかない。再会したのに遠くにいるようで悲しいよ」
「俺が弱くなったのかもな。これ以上したら、気持ちに歯止めが掛からなくて何もかも壊す。生活なんて放り投げて、この車に乗ってギターと鍵盤だけ持って、日本中を泊まり歩いて。吟遊詩人みたく気ままにさ。一度最後までしたら、望菜美が帰りたいって言っても嫉妬して檻に閉じ込めそう。」
「檻に閉じ込めなくても、そっちが飽きるまで私は一緒にいるよ。信じてくれる?私は別れたあの日から1日たりとも忘れてないよ。ずっと心の奥で透のことを考えてた。二人で放浪しようか…」
キスを繰り返しながら、愛の言葉遊び。
「今度こそずっと音を奏でたい、二人で。だから、戻れないようなことはしない。でも、温もりを欲しがる心だけは止められない」
「中途半端な優しさは時には罪だよ?」
「その罪の共犯になってくれないか?」
「その胸でいつまでも甘えさせてくれるなら、共犯になりたい」
「昔さ、俺のギターになりたいって歌詞書いてくれたよな。あの時から俺も忘れてない。だから、今度こそ大切にしたいんだ」
「もどかしいね。こんな色欲を煽る部屋で純愛を貫くって」
「確かに。体を重ねるより温もりを重ねる方を選ぶなんて、まるでガキみたいだ」
「眠れそうにないから、もう少し歌おうか。私の方が分別失くしそうだから」
「ギターは肌身離さず持ってるからいつでもいけるよ。あの悲しい最後の歌より新しい二人の歌を作らないか?」
「洒落た歌詞なんて今は浮かばない。でも何でも良いから二人で歌を作ろう、心がまた遠くに離れないように」
「じゃあ、朝まで曲作りと宴だな。気を緩めると最後の最後までしたくなるから」
「朝までが長く感じるね。スタジオじゃなくて、こんな部屋だから」
真っ赤でチープなソファ。
彼のアコースティックギター。
久しぶりの彼の曲作り。
私の下手な歌。
クロスワードのように出てくる言葉。
一夜の過ちすら犯せない。
愛するが故の優しさは罪。
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