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* * *
その日はちょうど試験前で、部活もなく学校から真っ直ぐ家へと向かっていた。
「悠介ー!」
後ろから大声で名前を呼ばれて振り向くと、哲平がこちらに向かって走って来るところだった。哲平は今の実家が当時まだ新興住宅地と呼ばれている頃、同時期に隣に越して来て共に育ったいわゆる幼馴染み。
出会った当時、悠介は小学二年。哲平は小学一年。悠介は小学校の学区内からの引っ越しだったたため、すでに近所に友達も多かった。
哲平は小さい頃から人懐っこい性格で誰からも可愛がられていたが、特に悠介にはよく懐いていた。
悠介自身もそんな哲平を可愛いと思い、まるで本当の弟のようにかわいがってきた。その関係は中学に上がってからも続いていた。
小学生の頃所属していたサッカー教室からの繋がりで哲平は悠介の後を追うようにサッカー部に入り、持ち前の運動神経と努力で、二年ですでにレギュラーを取っていた。
「哲平もいま帰り?」
「あ、けど。多田先輩に言われて、部室掃除だけしてきた」
「そうか」
息を弾ませ隣に並ぶ哲平も、昔に比べずいぶんと背が伸びた。そうは言っても哲平は小柄なほうで、悠介との身長差は頭一つ分。そのぶん足が速く、小回りも利き、体格の大きな対戦相手を翻弄できるのは哲平の武器であった。
「悠介、これから勉強すんの?」
「……ああ、少しはね」
自分でいうのもなんだが、勉強にはわりと自信があり、市内で学力水準の高いことで有名な進学校を目指している。
「いいなー、悠介は頭良くて。俺、数学マジやべぇ」
「ははっ、いまどこやってんの?」
「連立方程式とか。さっぱりわかんねーっうんだよ」
「哲平、算数も苦手だったもんなー」
「そーなんだよ。未知過ぎて泣く」
がっくりと項垂れた哲平の姿にあまりに哀愁が漂っているのを見て悠介は思わず吹き出した。
「俺、教えてやろうか? 少しくらいなら付き合ってやってもいいけど」
そう提案すると哲平の顔が急にパッと明るくなった。
「マジで⁉」
「マジマジ」
「やった!! 持つべきものは隣の悠介だな!!」
半ば飛びつくように悠介の肩に手を掛けた哲平が、まるで犬のように身体を摺り寄せてきたのを手で押し返す。
「うっわ! ウザい。哲平、距離近けぇ!」
「帰ったら、着替えてすぐ部屋行っていい!?」
「分かった分かった」
哲平が部屋に遊びに来ることは日常茶飯事だったし、勉強を教えてやるのも当時は珍しいことではなかった。
言葉通り、哲平は荷物を置いて着替えるとすぐに勉強道具を携えて悠介の部屋にやって来た。
「今日、おばさんはー?」
「まだ仕事」
父親はもちろん仕事だが、母親も当時はパートに出ていたし、姉も高校生で夕食時まで家には誰もいないのが常。
「哲平なんか飲む?」
「ああ。じゃあ、お茶」
「分かった。……ちょい、エアコンつけといて」
「うぃーす」
こんなやり取りも慣れたもの。小さい頃から行き来している家でお互い遠慮も何もないのが当たり前だった。
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