84人が本棚に入れています
本棚に追加
会計を済ませコンビニを出ると、先に外に出ていた悠介と並んで歩き出す。
中学の頃、哲平はまだ背が低くて以前は頭一つぶんくらい悠介のほうが背が高かったものだが、今では横に並ぶ悠介と目線がほとんど変わらない。そんなところにも月日の流れを感じる。
「親父さ──」
悠介が言葉を発した。先程の話の続きなのだろう。哲平はチラと悠介を見た。
「心筋梗塞だって。……幸い発作が軽かったから助かったけど」
哲平も詳しくはないが病名くらいは聞いた事がある。ケースバイケースではあるが、運が悪ければそのまま命を落としかねない恐ろしい病気だ。
「──それって」
「うん。一歩間違えればやばかったみたいなんだけど、母親がすぐに救急車呼んだのが良かったらしい」
「おじさん、今は?」
「入院してるよ。今度手術するんだって。……カテーテル手術っつうの? なんか足の付け根のトコから管入れて心臓の血管が狭くなってるとこ広げんだって」
悠介の言葉に思わず顔をしかめた。
手術と聞くだけで身体がすくむのは、自分がそういうものとは無縁の生活をしてきたための得体のしれない恐怖からか。
「……それって難しい手術なのか?」
「や。手術自体はそんなに難しくないらしいよ。胸切る手術より身体への負担も全然少ないみたいだし」
哲平の手にしたコンビニの袋がガサッと小さく音を立てた。
「そんな顔すんなよ。大丈夫だって。親父今んとこピンピンしてっから」
悠介が小さく笑った。
「へ?」
「すでに血管広げる薬点滴から入れてるから。安静に、とは言われてるけど、意識もしっかりしてるし手術さえすれば、すぐ退院できるらしい」
その言葉に哲平は安堵感と共にはぁと大きく息を吐き出した。
「そうなんだ。ビビらせんなよ」
「や。運ばれたとき危なかったのは事実だからな」
そう言った悠介の言葉は一見しれっとして聞こえたが、自分自身を安心させるための強がりのようにも思えた。
哲平は悠介のこんな顔を前にも見たことがある。大事なサッカーの試合前、チームのキャプテンだった悠介がチームメイトを安心させるために見せたなんでもないという顔。
「親父より母さんのほうが精神的に参ってるみたいでさ。今日主治医の先生の説明聞いてきた感じだと、手術して血管広げられれば大丈夫そうな感じだから平気だって言ってんのにさ──」
不安がない訳がない。自分の父親が、一歩間違えれば亡くなっていたかもしれないという恐怖。
親子という関係上、いつかそういうときが来るのは誰しも分かってはいるが、それがリアルに感じられるという事に不安を感じない筈はない。それは悠介の母親にしても同じことだ。
「とりあえず、手術すれば問題ないってことか?」
「まぁ、そうだな。問題ないってこともないけど、手術してそのあとも血管広げる薬飲み続けて──あとは経過観察ってとこらしい」
「そ、か。……よかった」
哲平自身も悠介の父親のことは小さい頃からよく知っている。とりあえず、今すぐどうこうという状態でないということに心からほっとした。
「それじゃ」
悠介が軽く手を上げ、コンビニの袋がガサと音を立てた。気づけばすでに自宅前に到着していた。普段点いている部屋の明かりはなく玄関のポーチだけが点いている哲平の家に対して、悠介の家は部屋の明かりが漏れている。悠介の母親がいるのだろう。
悠介がチラと哲平の家を軽く指さし笑いながら言った。
「珍しいな。哲平ん家電気点いてないの」
「ああ。今日、みんな居ねぇんだ。親父は飲み会。お袋は夕食会。梢はデート」
「ははっ。哲平だけぼっちかよ。デートする彼女くらいいねぇの?」
そう訊かれて一瞬言葉に詰まったのは、悠介がそういう話題を振ってくることが意外だったからだ。
「……うるせぇよ」
照れくささからそう少し乱暴に答えたが、なんだか嬉しかった。
久しぶりに味わった懐かしい感覚。お互いの間に遠慮なんてなかったあの頃のような。
このまままた会えなくなってしまうのはなんだか寂しいと思った。原因も分からず距離を置かれたままで、何年も何年も心の中に引っ掛かっていた棘のようなもの。
取り返せるんじゃないかと思った。ここから、また昔のように──。
最初のコメントを投稿しよう!