その日私はあなたに出会った

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桃色の花びらが散る季節が終わり、木に若々しい緑色の葉っぱが生い茂り始めた頃。私はようやく彼と接触する事が出来た。接触の方法は簡単。靴箱に手紙を入れておくだけである。 その場所が校舎裏な事を除けば健全な呼び出しである。 ……健全、だよね? 呼び出した分際で彼を待たせるわけにはいかないので、少し早めに校舎裏の方へと向かう。そして私が校舎裏についてから数分で、その人は此処へ来た。 ……どうしよう。アガってしまいそうだ。あれだけ憧れた彼が目の前にいる。あれだけ恋焦がれた存在が目の前にいる。どうしよう、どうしよう!嬉しさで舞い上がってしまいそうだ!! ……。 …いや、一旦落ち着こう。彼に幻滅されるわけにはいかない。深呼吸して、吸って…吐いて…よし。 「初めまして、呼び出してしまってごめんなさい」 「えっと、君は…?」 「私の名前なんて些細なものです。それより…私の、被写体になってくれませんか?」 「……ごめん。そういうの、あんまり好きじゃないんだ」 そう言って去ってしまった。 どうして、いやなんだろう。あんなに、美しいのに。あんなに、素敵なのに。 ___後をつけよう。理由を知りたい、どうしても。どう思われてしまっても、もういいから。 葉に若々しさが無くなり、枯れ果ててしまった頃、彼と2度目の会話をした。彼が家へと帰る道の途中、公園に差しかかるところで急に止まって後ろを振り返った。 「あの…それ、やめてくれない?」 きっと、多分、私では無い…はず! 「はぁ、そこにいるのはわかってるから。ほら、出ておいで」 右を見て、左を見て、後ろを見て……誰もいない。うん、これ私の事ですね間違いなく。…仕方ないので出ていきましょうか。 「…また君か」 「…ごめんなさい。でも知りたいんです」 「……。君みたいな子ははじめてだよ」 「ありがとうございます…?」 「褒めてない!」 嗚呼、こんな時に思うのもおかしいが、やはり彼は美しい!その少し困っている顔も、私に必死に伝えようとする熱心な顔も。そして、怒った顔も! 「…とにかく、これ以上僕に付きまとわないこと!」 「……」 嫌だ。彼に会えないなんて嫌だ。苦しい。それだけて生きる気力も無くなる。…でも、嫌われるのも嫌だ。 少しだけ、自重しようか。 ぷんすか怒って歩いていく彼だけれど、その姿もまた可愛く美しく、私を虜にするのだ。 季節は巡り、風ひとつでも寒さを感じる様になった。 私の生活は変わらず、彼を中心に回っている。 今日も今日とて彼について行く、因みにこれはストーカーでは無い。断じて、違う!理由を知りたいからであり、やましい事など何も無い!よって!これはストーカーではない!! 「…。…!」 「……」 不思議と今日は彼が挙動不審だ。急に立ち止まったり、歩き始めたり、走ったりを繰り返している。 「……あぁもう!めんどくさいな!」 と思えば両腕を振り上げて大声で叫んだ。…情緒不安定なのだろうか?好きです。 そんな事を考えながら電柱の裏に潜んでいれば、彼はずんずんと此方へと近づいてくる。と思えば私の片腕を掴んだ。 ……え? 「___っ?!」 「逃げないで」 あらいい声。じゃなくて!な、なんでバレてるの!?バレたの!?いつから?嘘でしょ…? 「し、知りたいん、です。どうしても」 「…はぁ。あーもう!仕方ないな。その代わり、聞いたらこういう事はもうやらないでね」 私の腕を掴んだまま公園へと向かい、公園内にある自販機で温かい飲み物を買ってから、ベンチへと座って彼は話し始めた。 「___昔にね、僕とよく似た親友がいたんだよ。…だから、写真だとか絵だとか、そういうのを見ると、彼の事を思い出してしまって」 憂いを帯びた顔。あの日見たものとはまた違う美しさがそこにはあった。そして、ふと、私の原点を思い出した。 ___わたしは、このひとの美しさを残す為に、きっと生きている。 そう思ったから、今までこれを積み重ねてきたのだと。全てを捨ててここまで来たのだと。だから…まぁ、いくら美しくても、彼が望んでいなかったとしても 「……それでも、ストーカーはやめませんから」 「え!?」 驚く顔、姿、その一つ一つでさえ言いようのないナニカがそこにある。だから私のすべきことは決まっている。 そこに"美しいモノ"があるから形に残す。 そこに"残したいモノ"があるから形に残す。 至極当然の様に感じるその考えを彼が聞いたらどう思うのだろうか?笑うのだろうか?苦笑いして受け入れるのだろうか?…いいや、きっと違う。 「いつか貴方が諦めて、私の被写体になってくれるその日まで。私はやめませんから」 「……それなら。それならきっと、その日は来ないね」 「残念です」 ちっとも「残念そう」だなんて顔をしていない彼におどけたように答えれば、 「あはは……。……うん、でもまぁ君になら。付きまとわれてもいい、かな」 「……へ?」 彼はいたずらっ子の少年のように、歯を出して、くすりと笑った。 ___嗚呼、恥ずかしい。 彼が何を背負っているのかは分からない。何を願っているのかも、何に苦悩しているのかも。でも、それが当たり前。だから、今はそれ以上を望む必要なんてない。 …ほんとうは、もうちょっと、頼って欲しいな、とか思うけれど。 そう言ってしまえば、この不思議な関係性が崩れてしまう気がして。彼の事を考えてる時だけ、ちっぽけで弱い私のまま。 それでもいい。それがいい。 そうやって、立ち止まっている限りきっとその先に行くことも無いのだろうけど。 踏み出せるようになるまで待とう。 彼が折れるまで待とう。 ___何度季節が巡っても、この思いは決して揺らがないものに違いないから。 太い幹の先の先、細い枝の隅々に、今か今かと春の訪れを待つ蕾たちを幻想した。
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