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 そこは緊急出動用ゲートだった。  <ミス火星>は天空を見上げた。  五キロメートル上空で待機中のソーラー帆船が、羽を休めている大鷲のように見えた。大鷲に向かって細い円筒型エレベーターが伸びている。  エントランスエリアにはいくつもの可動式クレーンが並び、カーゴロボットたちが機材の搬入作業をしていた。  円筒形エレベーターに向かって歩きかけた時、宇宙用作業衣ではなく市民服をまとった若い男が手を振っているのが視界に入った。  男は足早に近づいてきた。彼の足元にはふさふさした毛に覆われた小動物が数匹戯れていた。 「ミルクティ。どうしても行くのかい? 決心は固い?」  男の声はいくぶん震えていた。  ミルクティと呼ばれた女の顔が曇った。 「ええ、どうしても行かなきゃ。メルたちの世話、お願いね」  彼女がしゃがみ込むと、栗鼠に似た尻尾の長い小動物の群れがいっせいに肩に飛び乗ったり顔をぺろぺろと舐めはじめた。 「メル・・・」群れの中の一頭に彼女は語りかけた。「あなたには可愛い奥さんもいるし子供もいる。だから、あなたと一緒には行けない。私はね、これからエンケラドスへ行くの。帰ってくるつもりだけど、もしかしたら帰れないかもしれない。だから、元気でね。あなたのことは一生忘れない。さようなら、メル」  ミルクティはひときわ体躯の大きい動物を抱きしめた。 「僕とはハグしないのかい?」  男がミルクティの肩に手をおいた。  彼女は静かに立ち上がった。 「ジョウタロウ、あなたには感謝しているし、あなたの気持ちもわかっています。でも、私には救助を待っている人がいる」 「知ってるよ。狂暴傭兵のナンカン一味だろ。あちこちの星で悪さしてきた、おたずね者だ。要人暗殺にも手を染めた。そんな奴のどこがいいんだ? てごめにされて気持ちよかったのか」  男は<狂暴>と<てごめ>の言葉を強調した。 「彼らはそれほど恥知らずじゃない」  ミルクティの声は怒りで冷たかった。 「そうだな。そうでなきゃ、戦争孤児の君がA級市民権を獲得できるはずもなかったし、ミス火星の栄冠に輝くこともなかった。ぼくのような優秀なマネジャーにめぐりあうこともなかった。ミス火星になれたのは、誰のお陰だと思ってるんだい?」  ジョウタロウの話しぶりは静かだったが、皮肉がたっぷりと込められていた。 「養成カリキュラムプロジェクトのスタッフとジョウタロウのお陰。それは感謝してる。でもあたしが女王(ミス)になったお陰であなたたちも潤ったでしょ?」 「まあ、それはそうだ」 「じゃあ、行くから」ミルクティはふたたび愛くるしい仲間たちを抱き寄せた。「保護センターに行って、森まで連れていってもらいなさい」  キュルキュル キュルキュル・・・  メルが尻尾を垂直にたてて鳴いた。消え入るような静かな鳴き声だった。高知能を持つ彼は、人間の言語に込められた感情を理解できるのだ。  それがミルクティにはつらかった。  幼い頃からずっと一緒だったから。  火星のマリネリス平原、土星衛星のエンケラドス熱水海岸、月面ルナシティ、そして今いる地球バンクーバー宇宙基地。  いつでもどこでも喜怒哀楽をともにしてきた大切な相棒であり唯一の家族だったのだ。 「バイバイ」  彼女は天空を見上げた。  眠れる大鷲を連想させるソーラー帆船が、出航準備完了の合図を知らせてきた。 <ミス・ミルクティ。25番エレベーターへ搭乗してください>  ソーラー帆船へ連結されたエレベーターは、天国へ伸びる糸のようだった。    
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