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 漆黒の宇宙空間に巨大な土星が浮かびあがる。  衛星エンケラドスは土星のリングを彩るようにメロン色の光を放っていた。 「ラルース・ピラタ号の遭難地点まであと55万2525キロメートル。コース変更なし、前進ヨーソロー」  歯切れのよい声が操舵室に響く。  光子力(ソーラー)帆船の操舵手はミス火星ことミルクティだった。  円形の操舵輪をそれっぽく握っているが、本物の星間航法士は別にいる。外見は二十代の美人女性だが、前頭葉と小脳の一部に人工知能を搭載、人工培養の強化内臓を移植されたサイボーグである。名前はアキナといった。 「はい、カットおお!」  撮影監督と船長を兼任するジュンヤKA47は、記録媒体鏡をのぞきこみながら大声をだした。目鼻立ちの整ったすらりとした背の高い若い男だ。  「いいねえ、いいよお」  操舵室は撮影現場になっていた。  何台ものライブ立体撮影機が並んでいる。  六人の撮影クルーが操舵室内をせわしなく動きまわる。室内照明が落とされ、展望モニタに土星のリングがアップで映しだされた。  土星のリングをバックに、銀色の制服を纏った女性レポーターが立った。 「これから救助に向かう土星の衛星エンケラドスとは、どんな場所なのでしょうか」  レポーターのマーゴット・クレイが緊張した声を振り絞っている。 「よし、オーケイ。あとは土星のアップ画像とBGMで編集しよう」  ジュンヤKAが周りのスタッフに支持を飛ばす。  ミルクティはもうやることがなかった。出番まで待機というところか。彼女は操舵輪から離れてスタッフたちを見回した。みんな和気あいあいといった感じで打ち合わせをしている。この撮影はエンケラドスの遭難船を無事救出するという筋書きであり、ミス火星ことミルクティが困難を乗り越えて活躍するという似非ドキュメンタリーなのだ。ライブで太陽系の居住惑星に配信されることになっている。 「宇宙空港でのやりとり、なかなかの迫真の演技だったねえ」  ジュンヤKA47が手元の録画媒体を見ながら、ミルクティの横に並んだ。 「演技?」 「ほら、君が恋人とペットたちと別れるシーン。ジョウタロウがアドリブでいい味だしてたなあ。あと、あの栗鼠というかカワウソみたいなペット。名前なんといったけ?」 「メル」 「そうそう、メルちゃん。あの子もキュルキュル鳴いて、視聴者の共感を煽るねえ」 「ひとつだけ警告しておくわ」ミルクティは哀れみを込めた表情で静かに言った。「わたしを救助船に乗せたとみせかけて、本当はビックリ撮影だったとは姑息なやり方ね。撮影のためにエンケラドスへ行くのなら、もう中止にした方がいいよ」 「ナンカン一味が遭難したのは事実だ。決してフェイクなんかじゃない。本物の救助隊はとっくに向かってるよ。僕らは救助シーンの再現をエンケラドスでするだけだから楽ちんだろ。危険はない」 「仕事のためね?」  ミルクティは小さくため息をついた。  ジュンヤKA47は満足気にほほ笑んだ。 「そういうことだ」 「ドジを踏まなきゃいいけど。もう一回、言うよ。エンケラドス遠征は中止にして、わたしを木星衛星のエウロパに降ろしてもらえないかしら」 「そりゃ無理だ。台本にないからな」 「そう言うと思った」  ミルクティは力なく笑った。    
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