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しかめ面叔父さんのラブレター
苦虫をかみつぶしたようなしかめ面。楽しげに周囲は食べているのに、独りでもくもくとパフェを食べるスーツの壮年の男は、あまりにその場で異質だった。
その店の店員でも風変わりなお客だと言う。私は店員として、男の前に立つ。
「おじさん……だよね?」
男は、あんぐりと口を開けた。
「沙由理っ……」
・
普段は神保町のチェーンの喫茶店でバイトをしている。だけどその店は本店になのに、暇になりやすく、私は近隣の店にかり出されてる。大きなタワーの中にある喫茶「キャンバス池袋店」に私はヘルプに出ていた。
サラリーマンから友達らしき、女性同士の連れ合い。子供の手を引く親子連れ。神保町の客は年齢層が高めだったけど、こっちの客層はとても広い。若い人が多いような気がする。仕事は本店と変わらないけど、その場の流儀というものがある、慣れているようで、どこかおぼつかない感覚を受ける。
――ああ、これでも時給があがってるからいいか。
どこかで妥協点を見つけながら、お客さんにオムライスを提供する。ホワイトソースのかかった、人気のオムライスだ。可愛い格好の女の子のお客さんは、池袋限定メニューだったオムライスとの違いを聞いてきた。
いやいや、そんなの知らないよ。私は神保町の人間だよ。
かといって、そんな事情はお客は知らない。あったり前だよね。私は愛想笑いを浮かべながら。私に色々と仕事について説明してくれた、池袋店のパートリーダー、安西さんを呼んだ。
「お客様、事情に詳しいのを呼んだので、その者が説明いたします」
「あら、そうなの? わかったわ」
何か食い下がってきたらどうしようかと一瞬背中に冷たい汗をかいたが、お客さんはあっさりと引き下がった。安西さんはちょうどよく登場して、私に提供をするように伝えて。お客さんに説明する。
「ええ、そうです。ウチの料理……季節ごとにリニューアルが多くて」
まとめられた後ろ髪をちらりと見ながら、私はほっと胸をなで下ろした。
昼の時間がすぎると、店は一段と落ち着いてきた。平日は昼食の時間がとにかく忙しいと安西さんは話してくれた。
休憩というわけではないが、店が落ち着いたのを見計らって、新しいドリンクを試し飲みすることになる。バラの蜜を使ったソフトドリンクということで飲んでみると、飲むと甘い香りが口いっぱいにひろがった。思わずホッとしてしまう味に息をついていると、安西さんが声をかけた。
「慣れないところで大変でしょ、大丈夫? 蓮沼さん」
気をかけてくれる安西さんに申し訳がたたなくて、私は愛想笑いを浮かべる。大げさに手を横に振る。
「いえー。一応業務は元の店と同じなんで」
安西さんは小首を傾げる。その仕草がそれなりの年齢の割に可愛らしく感じた。愛らしさを伴う仕草は出来るのはすごいと思う。
「でも細かな違いはあるわよね。……ウチって、ヘルプを使うことが多いというか、人を簡単に融通にするから……」
そう、どこもかしこもかもしれないけど。ウチの店も割と理不尽だ。毎日働いていて、どこで妥協点を見つければ良いのだろうと思う。それでもアレですよ、唇を気づかないまま噛みしめていくのです。
「まあ、しょうがないですよ……色々」
苦笑いを浮かべてしまう。そう考えても仕方ない領域なのだ。私たちにとって大事なのは日々の業務をこなして、給料をもらうことなのだから。
私の表情で何かを感じ取ったのか、安西さんも薄っぺらい笑いを浮かべた。
「そうねぇ、愚痴ってもしょうがないけど……そうだ、もう店が落ち着くし蓮沼さんにも休憩を……」
入り口のベルが鳴った。お客さんが入ってきたらしい。
安西さんは入り口を一目見て、唇の端をつり上げた。
「あの、お客さんね」
何か含みを感じさせる言葉。気にならないわけがなく、私は安西さんの背中越しから入り口を見た。すると年期の入ってるけど上質なスーツを着た、壮年の男が案内を受けている。店員の丁寧な接客を受けても表情が一つも変わらないどころか、眉間をよせてしかめ面をしている。めっちゃ傍から見ても態度が悪そうに見える。
安西さんも私が男に視線を送っていると気がつき、こそこそと耳打ちした。
「あの人、常連なんだけど……いつもああなのよねぇ」
そして困った客よねぇと言わんばかりの表情で私を見るのだが、顔を見た途端目を丸くした。なんでそんな顔をしているのと言われている気分だった。でも私にとってそれは全然たいしたことじゃなくて。思わず呟いた。
「嘘でしょ」
最後に見たのはいつだったろう。そうだ、あの葬儀の時だ。
あの人は、喪主をしかめ面でつとめていて、私は参列者席で、それを見ていた。雨が冷たく降り注ぐ、曇天日和だった。
あまりにこの店に不釣り合いな男。私は頭にはてなマークを乱舞させた。
沙由理「お、叔父さん?」
父の兄である叔父、蓮沼公人(きみひと)がそこにいた。
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