しかめ面叔父さんのラブレター

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 休憩時間に入った。安西さんと一緒に休憩にはいったので、まかないのオムライスを一緒に食べた。ビーフシチューがかかったオムライスで、とても豪華な味がした。安西さんは私の話に目を丸くした。 「え、あのお客さん。蓮沼さんの叔父さんなの?」 「そうなんですよ。びっくりしました」  至極その通りだろうと思ったのか、安西さんは深く頷いた。それからオムライスを食べながら、叔父さんの様子を語る。 「なんか毎度ね、すごい顔で食べてるから、気になってたのよね」  安西さんの口ぶりから、しかめ面で食事をしたりデザートを食べるおじさんの顔がとてもリアルに浮かんだ……。  私は相づちを打ちつつ、小さく笑う。 「あの人甘党じゃないですからね。よく食べるなと思います」  安西さんは軽く目を見張った。 「そうなんだ。まぁ、確かにおいしそうとは言えない食べ方かも……? ただ普通好きで食べると思うんだけどね」  私は小さく頷いた。 「そうですよね……一体いつからなんですか? 来るようになったの」  安西さんはカレンダーをじっと見て、あぁと言わんばかりに口を開けた。 「そう、三ヶ月前よ。大雪の日だったからよく覚えてるわ」  安西さんの話によると、叔父さんは都内でも雪が積もり、交通網がほとんど動かなくなった日に、キャンバスへ訪れたのだという。お客がろくに来なくて、暇だわと店員同士の雑談しているところで、頭に雪を乗せて、コートもしっとりと濡れた叔父さんが来たのだという。そして応対した店員に対してしかめ面で。 「雪だるまチーズケーキはありますか」と聞いてきたのだという。  しみじみと安西さんは言った。 「ちょっと驚いたなぁ。雪だるまチーズケーキって、去年のものだったから……よく知ってるもんだと思ったよ」  私は素直な疑問をぶつけた。 「ちなみに叔父さんは、去年は来たんですか?」  安西さんは頭を横に振る。 「それはないと思う。あんなに毎度しかめ面してるお客さんは覚えてるわ」 「そう……ですよね」 「そうそう、でも雪だるまチーズケーキはもうなかったから、今年のカマクラチーズケーキをおすすめしたわ」 「叔父さんは食べたんですか」 「そうね、すごい顔をしてたけど」  苦笑いをする安西さんに私はなんとも言えない気持ちになった。三ヶ月前のことを思い出したからかもしれない。同時に叔父さんにも疑念が湧き、唇をとがらせた。安西さんは不思議そうな顔をする。 「どうしたの、蓮沼さん」 「いや、叔父さん……一年前のデザートを食べにきたのに、今年の新作で満足しちゃったんだ」    ああ、と安西さんは頷いた。 「そうね、あのお客さん、どこかで情報を仕入れたのか、ウチのことはよく知っていたけど……どれも微妙に古いのよ」 「そう、なんですか」 「まあ、変な人ってことよね」  何の気もなしのような、軽い言葉。それが胸中にぽんと投げ込まれたから、ちょっと動揺した。でも他人の前で不用意に動揺も出来ない。変な違和感をもたれても、面倒だった。私は何も言わず、曖昧に笑うことにした。すっかり意識は安西さんにも仕事にも向かず、叔父さんしか見えてなかった。
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