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窓の外を見ると、何だか雨が振りそうなほどの曇天だった。私は一年前のことを思い出していた。
しゃくしゃくと梨を食べている。旬の季節から圧倒的に外れているし、あまみもそれほどないのだが、食感が好きで私はカットされた梨を食べていた。その様子を病室のベットにいる叔母さんが見ている。
叔母さんは申し訳なさそうに眉間を寄せた。
「ごめんなさいねぇ、せっかく持ってきてくれたのに。食べられなくて」
叔母さんは一週間前に倒れ、緊急入院していた。検査結果を待たずしても分かるほどに、良くない病気らしい。たった一週間入院しているだけなのに、叔母さんの顔色は以前よりやつれたように見えた。
私はどんな顔をすればいいのか分からず、伺うように叔母さんを見た。
「……食事制限、そんなにきついんですか」
叔母さんは私の言葉に、鷹揚に頷いた。それから参っちゃうわぁと言わんばかりの苦笑をもらすのだった
「そうなのよぉ、今すごく体が不安定なんですって。食事制限して少しでも安定を目指すとは言ってたかな……でもね、だからって、甘いもの一つも食べられないって、きついわよねぇ」
やつれているけど、叔母さんの精神面はいつも変わらなかった。この間行ったスーパーで牛乳の安売りを止めちゃったのよ、まいったわねぇと言い出さんばかりの、のんきさがあった。それはもしかしたら周囲に気を遣った、叔母さんの優しさなのかも知れない。だけど私にはその明るさがあまりに明るかった。強い光に人は耐えられない。痛くなって、耐えられない。私が下を向いていた。直視出来なかった。それから棚の上に小さなオルゴールがあることに気がついた。
あんなの、この間来たときあったのだろうか。いやいやそんなことは大事じゃない。私は唇をとがらせて言った。
「……叔父さん、忙しいんですね。何回か来てるけど、全然見たことがない」
お昼下がりの病院はあったかい空気で満ちていて、油断すれば寝てしまいたくなるような穏やかさと静けさがある。おじさんはこの病院とはあまりに違う会社の中で働いているのだろう。結構偉い立場だと聞いたことがある。
パソコンに向かい、部下から報告を受けたり、指示をとばしたりして、いつものように働いているのだろうか。奥さんは病院に預けているから安心だと思ったりするのだろうか。
なんだろうな、気分が重くなっちゃうな。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、叔母さんは言った。
「そうねぇ、あの人忙しいから」
あっけらかんとした口調が私の腹の底を、つまりは堪忍袋を刺激する。
なんでそんなに何でもなさそうなのか? 私には理解が及ばない。ムキになっている自分を感じながら、私は叔母さんを見た。
「でも、お見舞い一つもしないなんて、ひどいと思う」
「ああ、そうねぇ……やっぱり忙しいのよねあの人は」
「叔母さん、よくそれですむなぁ。私には無理だわ……」
「……長い付き合いだしねぇ。ああ、もう三十年なのね……早かったわ、ふふ」
私は思わず腕を組んでしまった。ぼやくように言う。
「叔父さんは、そのことを覚えているのかなぁ」
「あら、意外と忘れないのよ。そういうとこ」
叔母さんは目をキラキラさせながら、棚の植えに置かれたオルゴールを見る。
私も叔母さんの視線を追いかけた。
「これね、私の好きな曲なのよ」
叔母さんがオルゴールのネジを巻いた。動力を与えられ、ゆっくりとオルゴールは動き出す、聞こえてくるのは聞き慣れたメロディだった。私は小さい頃は叔父夫婦に預けられることがあったのだけど、居間で遊んでいると、このメロディがラジカセから流れることがあったのだ。
メロディに身を任せるように聞いていると、叔母さんはぽつりと呟いた。
「ただ、ちょっともろいのよね……それだけが気がかりだわ」
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