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叔母さんは笑う人、そんなイメージがずっとついていた。今も笑っている。
遺影の中でとびきりの笑顔を見せている。
叔母さんは冬の寒い日に亡くなった。新年を迎えたばかりの時に、そっと息を引き取った。葬儀の日は厚着を出来るだけしたけど、それでも寒風が吹いていた。叔父さんは喪主として親族に挨拶をしまわっていた。しかめ面とまでは言わないけど、表情は蝋人形のように固かった。私は参列者席から叔父さんの様子を見ていた。
……神妙な場でもトイレには行きたくなる。
私は断りを入れてトイレに行く。用をすませて、濡れた手をハンカチでぬぐっていると、親族の声が聞こえてきた。どうも入り口あたりで話しているようだ。
「かわいそうにねぇ。まだ五十代だったんでしょ」
「子供もいないし、この後公人さんどうするのかしら」
何だろう、純粋な心配にも聞こえるし、今この場で話題にするほどの性急なことだろうかと思う。正直に言うと不快だった。そりゃこれからのことは考えないといけないだろう。叔父さんはこれから一人なのだから。だけどソレを今口にするべきことなのだろうか? こそこそと話していたとしても私は、許せなかった。だけど強く言及するのも、よくないことは分かってる。妥協案として、私は咳払いした。
トイレの入り口にいても邪魔ですよという感じで。
咳払いが聞こえ、なんとも言えない顔をしている私を見た親族達は、愛想笑いをしながら離れていった。どこかでまた話しているのかもしれないが、ひとまずは話を終わらすことが出来た。
私は拳を握って、誰にも気づかれないように唇を噛みしめた。
「何なんだろ……ああいうの」
あんなことが平然と出来るようになるのが、大人なのだろうか。
うんざりするような思いが胸をこみ上げた。
叔母さんは葬儀を終えて、火葬場へ持って行かれた。
持って行かれたという言葉は正確ではないと思うけど、もう死んでしまって意思を示せない叔母さんの体の動作を、どう表現すればいいのか分からなかった。
黒い扉の奥へと叔母さんが入った棺は入れられる。火葬は静かに始まった。
朝は寒風が吹くだけだったけど、時間が経つにつれ、天候は悪化していった。
冷たい雨がしとしとと降っている。一月の雨粒は大きく感じた。気のせいだろう、多分。
私は親族共々、畳の部屋で火葬を終えるのを待っていた。スマホでSNSを見ているが、まるで身が入らない。ぼんやりと終わるのを待つ。
叔父さんは少し親族達から離れ、窓に近づき、外の雨を見ていた。そこにいても冷えるばかりの場所だった。親族が声をかけた。
「公人さん、そこにいたら風邪をひくわよ」
「ああ、いいんです……少しここにいたいんです」
「あら、そう?」
「はい……」
いい年をした大人の意思だ。そこがいいというなら、止めることが出来ないと分かっていたのか、親族はあっさりと引き下がった。私は叔父さんの様子が気になって、親族とは入れ違いに近づいた。
雨は落ち着く様子がなかった。ずっと降り続けている。落ち着かないなと感じて、私はわざとおどけた雰囲気で言った。
「叔母さんの好きな曲を思い出すね、こんな日は」
「……美都子の?」
叔父さんの言葉に、私は頷いた。春に叔母さんの入院先で聞いた、オルゴールのメロディを口にする。小さく歌詞を読み上げた。
「……暗く冷たい雨夜でも、いつか晴れるなら、どうか」
叔父さんが言葉を続けた。
「どうか……その時は、一緒に虹を見よう」
私は叔父さんが続けて言うと思ってなかったから、驚きながらも感心した。
叔父さんの顔を見る。すごいねと言おうと思った。だけど、そんな言葉、口に出せなかった。だってと私は息を飲む。
叔父さんは泣いていた。頬に涙の筋が出来ていた。叔父さんは自分の顔を拭わず、呟いた。
「雨……降り止まないな」
「うん……」
それ以上の言葉が出なかった。窓を、地面を、叩く雨の音が、一段と強くなった。
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