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「そりゃそうでしょ。明美がどれだけアンタのこと……」
「ストップ!」
もういい。俺は携帯の電源を切った。成程確かに明美はアマリリスによく似ている。
素晴らしく美しくあり、誇りがあり、それでいて自分を自分以上に見せようとする。だとしたらアマリリスに香りがないのも頷ける。
いや、正確には俺と明美には分からなかっただけなんだ。
アマリリスは、明美の香りだ。
人は自分のにおいには気づきにくい。そういうことでいい。俺と明美が納得するのにはそれでいい。家族の次に明美と長い時間を過ごしたせいか、明美のにおいが俺に染みついてしまった。
参った。死に花を咲かせる場所で死ねない理由が出来てしまった。
いつか遠くへ行ってしまった明美に会いに行くときは自慢してやろう。アマリリスが薫らない理由が分かったと。今行くよりも、果てしなく長い時間が経ってからの方が俺にとっての誇りになる。長い間明美の香りを我が身に保ったまま、明美に届けに行く。
それこそが明美をずっと想っていた証明になる。そうしたら明美は喜んでくれるだろうか。等身大の明美を見せてくれるだろうか。
俺は来た道をゆっくりと辿る。
柔らかい春の風はアマリリスの花弁をやさしく揺らす。
なにも香らないのは、俺の最大の誇りといっていいだろう。
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