最果てに咲く花

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「……間もなく、斑鳩海岸、斑鳩海岸。最果て峠にお越しの方はこちらでお降り下さい」 ふっと小さく息を吐き、席を立つ。近頃何も口にしていないから息を吐いた反動で体が浮いたみたいだ。斑鳩海岸で降りたのは俺だけだった。 季節外れの春の日の真昼間。用がある人間の方が珍しいのかもしれない。最果て峠まで歩いて一時間かかる。俺の人生を振り返るにはちょうどいい距離だ。 季節外れの春風は心地よく俺の体を通り抜けていく。 まるで俺の背中を押してくれているようだ。有難い。 足取りもなぜか軽い。やはり体も死を受け入れている。 俺の選択は間違っていないことを証明している。 じゃあ心はどうか。俺は自分自身に問いかける。 ぽつ、ぽつと空っぽだった心の中に小さく思い出が浮かんできた。 『別に私、彼氏とかいらないし。あなたと付き合うなら、その時間で知識を一つでも増やした方がマシよ。それに私、あなたが想っているような女じゃないと思うよ』 大学の研究室内で明美に告白した際のセリフだ。懐かしい。それから根気よく俺が口説き、明美が折れる形で付き合うことが出来たっけ。 『うるさいなー。 そんなに私のこと気に入らないんだったら出てってよ』 同棲を開始してからお互い小さなことで小競り合いを繰り返した。 大体、俺の方が謝って、明美が許してくれた形だったっけ。 心底、惚れ込んでいたんだな、俺、明美に。 だからといって足が鈍ることもない。 涙が出ることもない。大丈夫、心もしっかり死へと決意を固めている。 紛れもなく俺は冷静に、死への整理を始めているのだ。 これなら大丈夫。もう何も、恐れる物などない。 一歩一歩、死へと向かう。 春の風の助けもあってか45分ほどで最果て峠に到着した。 「綺麗だ」 ……久しぶりに言葉を発した。
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