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自然と言葉を漏らしてしまう程の景色が眼下に広がっていた。触れるもの皆傷つけてしまいそうな荒々しい崖の隆起。崖に向かい、激しくぶつかっては消えていく白波。
そしてそんな抗争をちっぽけなものと思ってしまう程雄大に広がる海。
俺は嬉々として最果て峠の端に立つ。
時間帯も良かったのか、周りには誰もいない。
最高だ。こんな美しい場所で死ねるなんて、俺の人生最大の誇りだ。
俺は最後に息を一回大きく吸い込んだ。潮のにおいが鼻をつく。
空を見上げる。あざ笑うかのようにどこまでも澄みきった青色が広がる。目を閉じる。明美が笑っている。
このまま身をゆだねよう。
暗闇の中に明美を見ながら、明美の速度に追いつこう。
ありがとう、明美。今会いに行くよ。
最果ての地から、最果ての彼方へ、君に会いに行くよ。
ふっと体の力を抜く。おかしい。いつまでも経っても君に追いつかない。これが俗にいう走馬灯というやつなのか。
それはもう済ませた。もう俺には振り返る思い出などない。
空っぽの心をこれ以上揺り動かしても、思い出は出て来ない。
痺れを切らして目を開けると、俺はまだ崖の上にいた。
何をしてるんだ、俺は?
もうすべて整理をつけた。後は落ちるだけだ。
右足を踏み込む。それだけで俺は明美に追いつける。
しかし、右足は踏み込まれない。それどころか小刻みに震えている。
動かない。不思議な力に抑え込まれたように動かない。
あの友人達が言っていた戯言通りだというのか。
明美が俺の死を望んでいないというのか。
ふざけるな。俺の行動を決めるのは……仮初の明美ではない。
俺だ……俺自身だ!
「ああああああああああああああ!」
大きく叫び、邪念を振り切る。
俺はここに死にに来たんだ。
死ぬことだけが、今日までの俺の生きがいだったんだ。
美しく死んで、明美に会うことが、俺の"誇り"だったんだ。
だから死ぬ。
明美の為じゃない。俺の誇りの為に……。
『なんだかこの花、私に似てる気がしてさ』
列車の中でも聞いた明美の声が甦った。
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