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「……甘い」
初めてチョコレートを食べた時、ゼロが呟いた言葉だ。
僕は自分にも与えられたチョコレートを口に入れて、ゼロに頷いて見せた。
「これ、すっごく……すっごく、おいしいねぇ。甘くて、いい匂いがして……幸せに味があったら、こんな感じかもしれないねぇ」
僕は自然に頬が緩むのを感じたし、ああ、今本当に幸せだなあ、なんて思ったりもしていた。
けれどもゼロは、指先に溶け残ったチョコレートを、無表情のまま、しばらくぼんやりと眺めていた。
「……ゼロ?」
「ん? ごめんごめん。何でもないよ」
不思議に思って声を掛けると、ゼロは視線を僕に寄こして、指先のチョコレートを舐め取った。
「……おいしい?」
「おいしいよ」
そう答えて微笑んだゼロの表情は、ほんの少しだけ、何か苦さを含んでいた。僕はそれを少し不思議に思いはしたけれど、それなら良いんだ、と微笑み返す。
甘くておいしい、以外の感情が、その時間違いなくゼロの中にはあったのだろう。けれども教えてくれないのなら、僕はそれで構わなかった。それ以上を考えるには、まだ僕が幼過ぎたということも関係していたかもしれない。
大切な友人と一緒に甘くておいしいお菓子を食べて、それだけで僕は馬鹿みたいに、本当に幸せだったのだ。それは、幼い心を目の前の不自然さから遠ざけるには、十分すぎる幸福だった。
だからただ、その時間が幸せでありさえすれば、僕はそれ以上、何も望みはしなかった。
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