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「はい、これ。プレゼント」
僕らが初めてチョコレートを口にしてから二十年が経った。あの頃暮らしていた施設はもう何年も前に出たけれど、僕とゼロは今もこうして、同じ家で一緒に暮らしている。
僕は小さな町で菓子店を営んでおり、今日もいつも通り仕事をして帰って来た。
ゼロは物書きをしていて、日がな一日物語を綴っているか、それ以外はソファで本を読んで過ごしている。
昨日、手持ちの本をすべて読んでしまったと言っていたゼロは、もう何度も読み返しているお気に入りの一冊を隣のテーブルに閉じて置いて、ソファに寝転んだそのままの状態で、僕から小さな包みを受け取った。
「……え、何で? 俺今日誕生日じゃないけど」
「知ってる」
首を傾げるゼロを見ながら、僕はマフラーを外しコートを脱いで、それをクローゼットにしまう。
「じゃあこれ、何のプレゼント?」
「別に? 記念日じゃなきゃ、プレゼントって渡しちゃダメなの?」
「……そんなことはない、かもしれないけど」
ゼロはそう言いながら、やはり不思議そうに箱を眺めた。
僕はキッチンに向かい、水を入れたポットを火にかけながら、ゼロに声を掛ける。
「あ、言っておくけど、ラッピングも全部僕がしたから」
「このリボンも?」
「そう。器用でしょ」
「……てことは、中身はお菓子? 傾けたりしたらまずいの?」
「大丈夫だよ。形が崩れるようなものじゃないから。コーヒー淹れるから、ちょっと待ってて」
返事はないが、ゼロは待てと言われたら素直に待っているだろう。
予想通り、僕がマグカップを二つ持って部屋に戻ると、ゼロは寝転んだまま、リボンも解かずに箱を眺めていた。
ソファの前のテーブルにマグカップを置く。ミルクが入っている方がゼロのコーヒーだ。
ゼロは身体を起こして座り直し、僕が座るスペースを作ってくれた。
「開けないの?」
僕がソファに腰かけながら言うと、ゼロはようやく結んであったリボンを解き始めた。
緑色のリボンを解いて、茶色い小さな箱の蓋を開けると、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
「……チョコレート?」
「そう。チョコレート」
箱の中にはたった一つ、丸くてつやつやしたチョコレートが入っていた。
僕が菓子職人として働き始めてから、家にチョコレートを持って帰って来たのは、今日が初めてだった。
施設に居る間は時々、特別な日にチョコレートが配られることがあったけれど、こうして二人で暮らし始めてからは、家にチョコレートがあったことは一度もない。僕は仕事柄チョコレートを食べる機会もあるけれど、ゼロはもう長い間食べていないはずだった。
ゼロは、箱に入ったままのチョコレートをじっと眺めた。
「これ、俺に?」
「そう、ゼロに」
「……なんで、チョコレートにしたの?」
ゼロは僕に向けて微笑みながら言った。それは、少し苦さを含んだ表情だった。
「それはね、ゼロ」
僕は微笑み返しながら答えた。
「君に、幸せをあげたいと思ったからだよ」
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