孤島と失われた夏の影 #5

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孤島と失われた夏の影 #5

 母屋へ戻る頃には雨は本降りとなっていた。海からの風はゴゥゴゥという唸り声を上げ、時折体が持っていかれそうになるほどの強風が吹き抜ける。傘が無事だったのが奇跡だと思う。  玄関のチャイムを押すと依が慌てた様子で扉を開けてくれた。 「みんな濡れてない? 早く入って!」  俺たちはこれ以上濡れるまいと慌ただしく玄関へと雪崩れ込んだ。 「うへぇ、凄い天気だな」  大地は辟易とした様子でぼやく。奥から依の母さんも出てきてくれて3人それぞれに厚手のタオルを渡してくれる。それぞれにお礼を言いつつ体の水気を軽くふき取った。幸いな事に着替えが必要なほどではなかったが、自分たちのコテージに戻る時の天候が思いやられる。 「予報ではしばらく雨だけど、島の天気は変わりやすいから案外戻るころにはマシになってるかもよ。酷くなるようだったら、父さんに車出してもらえると思うから」  依が奥の部屋へと案内してくれる。母屋の作りは俺たちに与えられたコテージとそう変わりはないが少し間取りが広いのと、井上家の住居も兼ねているのでそこかしこに生活感が漂っていた。パッチワークを始めとする手芸作品、釣り竿やクーラーボックスなどのアウトドア用品、壁にかけられた沢山の家族写真。全て3人が仲睦まじく笑顔で写っている。俺はぼんやりとそれらを眺めているうちに自然と立ち止まっていた。 「湊?」  大地の声に我に返ると、食欲を刺激する匂いが漂ってくるダイニングへと急いだ。  机の上には既により取り見取りの夕飯が並べられていた。 「すげ~!」  大地が今にも飛びつかんばかりに歓声をあげる。決して豪華なわけではないが、中々個人の家庭では出せないような手の込んだ食事ばかりだ。大きな貝がそのまま入った味噌汁やアジの干物の混ぜご飯、色々な魚の佃煮、カラフルな野菜のゼリー寄せなどなど。そして奥のキッチンから小気味よいパチパチという音と共に磯の匂いが漂ってくる。 「おっ、来たか。もう少しで焼けるから先に座っててくれ」  依の父さんが声をかけてきた。大きなダイニングテーブルの片方に俺たち3人、窓際のもう片方の席に依と依の母さんが腰かける。 「料理はね、うちの父さん担当なんだ」  色とりどりの料理に目を輝かせている俺たちに向かって依が得意げに言った。 「へぇ! これ全部? 我が家では考えられないよ」  俺は素直な感想を伝える。家では料理はもっぱら母さんが作ってくれる。父さんは母さん曰く、料理は致命的にダメ、なんだそうでお役御免となっている。 「そんな言い方だと私が料理が下手みたいじゃないの」  依の母さんが抗議の声をあげる。 「ごめんって! 勿論お母さんの料理もおいしいよ。でもお父さんはね、一応プロだから」 「一応とは失礼だな」  依の父さんがサザエの壺焼きを山盛りに乗せてやってきた。 「はぁ~この匂いはやばい」  大地が涎を垂らさんばかりの勢いで言う。同感だ。 「プロって?」  早く食事にありつきたいが聞いておくのが礼儀かと思ったので話の矛先を依に向ける。 「お父さんはね、前に本島の料理屋で働いてたの」 「前といってももう10年以上前の話だよ。さぁ、みんなお腹空いてるだろう、沢山食べてくれ!」  よし、をもえらえた犬のように俺たちは多種多様な島ご飯をかき込んだ。禁漁の時期だというが、それでも貝や保存用の魚は、本島のスーパーで売っている魚介よりも断然美味かった。食べ盛りの男子3人によって食事はあっという間に平らげられ、その食べっぷりに依の両親は終始ニコニコとしていた。子供が女の子一人だとあまり見られない光景だったのかもしれない。  食後にコーヒー(宗次郎はオレンジジュース)を頂きながら、窓の外を見やるとすっかり暗闇に包まれている。 「雨は大分小降りになったわね。これなら濡れずに戻れるでしょう」  依の母さんが安心させるように言う。 「本当においしかったです! ごちそうさまでした」  俺は頭を下げると心からの料理の感想を伝えた。 「はは、口に合ったようで何よりだよ。今日は歓迎会も兼ねてるからね、明日からはもう少し質素になるが許してくれよ」  依の父さんが嬉しそうに答える。質素とは言うがこの島の食材の良さと依の父さんの腕前だ、意地汚い事にもう今から期待してしまう。 「今のうちに俺たちコテージに戻ります。明日からもよろしくお願いします」  俺が席を辞そうとしたときに、人見知りを発揮していた宗次郎が服の裾を何か言いたげに引っ張った。 「神社の事……」  そうだ、料理に夢中ですっかり忘れていた。俺は明日の天気を聞くように、できるだけさりげない感じで聞いてみた。 「そういえば、この島には神社があるんですか?」  途端、空気が変わった。今までの和やかで温かなムードが突然全く異質のものへ、まるで今まで順調に進めていたゲームの調和された世界が予期せぬバグによって崩壊するように。  饒舌だった依の両親は何も言わない。気分を害したというより、何の感情も、人としての機能も全て抜け落ちてしまったような、無機質な表情を浮かべたままこちらを見つめている。いや、視認しているのかどうかもわからない。  その異様な状況に俺だけでなく、大地も宗次郎も固まっていた。何が起きたのかわからない、戸惑いの後、とてつもない恐怖を感じた。今確実にこの人達は目の前に存在してる。幽霊じゃない。それなのに、この異質さは…… 「お父さん、お母さん、私みんなをそこまで送っていくね! さ、みんな、また天気が崩れないうちに行こ!」 「お、おう」  大地が慌てて席を立つのに倣って、俺たちは玄関へと向かう。 「そう、みんな気を付けてね。おやすみなさい」  今まで全く反応しなかった依の両親は、まるで何事もなかったかのようにこちらに笑顔を向けている。なんだ?白昼夢でも見たとでも言うのか?しかし、大地と宗次郎の様子を伺うと2人とも怪訝な顔をしている。狐に化かされたような気持ちのまま、依と共に表へと出た。相変わらず強い風が吹き付けているが雨は止んでいた。  依は俺たちが聞くより早く話し出した。 「ごめんね、神社の事、どこで聞いたかは知らないけど、この島では禁句(タブー)なの」 「禁句(タブー)って……どういう事だ?」  大地が訝し気に聞く。 「あなた達が思っているような所謂一般的な神社じゃない。島の人たちは無いものとして扱ってる。私があなた達にこうして話してるのもやばいの」 「それって話すと祟られるとか、障りがあるとかそういうやつ?」  宗次郎は興味を惹かれたように聞くが、依は眉間に皺を寄せて困ったような表情を浮かべる。 「ごめん、これ以上は何も言えない。でも関わらなければ大丈夫だから。忘れてっていうのは無理かもしれないけど、島の人たちのためにもそっとしておいて欲しい」  依の静かな、それでいて鬼気迫る訴えに俺たちは黙って頷くしかなかった。 「どう思う?」  コテージへの道中、井上家で借りたペンライトで足元を照らしながら大地が聞いてきた。 「禁忌の神社か~。そんな記述島の本には無かったし、本当にずっと隠匿されてきたんだろうね。なんか累の日よりもそっちの方に興味が湧いてきたよ~」  宗次郎が呑気に言った。確かに全く記録にない謎の神社というのは興味をそそられる。でも……。 「でも、依の話を聞く限り、累の日よりも島民の人達にとってはデリケートな扱いみたいだね。取材とか勿論公表もできないだろうし、俺はそっとしておいた方がいいと思うな」 「しかしよ、Horror Editの奴らは動画化する気満々だったろ。どうすんだよ」  大地の言う通りだ。あいつらがそんな隠されてきた話をどこで聞いたのかは不明だが、目的は累の日より件の神社の方だろう。  しばらく重い沈黙が流れる。 「フッ、フッ、フッ」  なぜか突然宗次郎が笑い出した。 「何だよ気持ちわりーな」  大地が宗次郎から距離を取る。 「僕、良いアイデア思いついちゃった。神社の存在をHorror Editに公表させず、且つ僕たちオカルトラジオの知名度を上げられる!」  宗次郎のアイデアは馬鹿馬鹿しかったが、俺たちはその夜、作戦会議で大いに盛り上がったのだった。
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