永遠のこどもたちと廃病院 #1

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永遠のこどもたちと廃病院 #1

 暗闇と静寂の中、微かにPCの駆動音が響いている。思わず生唾を飲み込み、自分が緊張しているのがわかった。  そして一斉に10以上はあろうかというモニタの液晶が点灯し、突然の光に目が眩む。同時にザーザーという耳障りな音が聞こえてきた。  目を瞬くと、全てのモニタに砂嵐が映っている。不穏なBGMを背景に加工された低く不気味な声が響く。 「ようこそ、未知であり未踏の闇深い世界へ。 諸君が目を逸らしてきた世界も目が暗闇に慣れるように、目をこらし続ければ朧げながらも姿形が見えてくるだろう。そこに踞るのは異形の者かもしれないし、鏡に映った自分かもしれない。未知を未知のままにしておく事は簡単だ。しかしここに辿り着いた諸君は我々と志を同じくし、闇を見つめ、闇に安寧を求め、闇を探求する者であると確信している。 同志よ! 今こそ手をとり真の探求者となるのだ!」  いささか長い前口上と共に不穏なBGMはいつしかファンファーレのような盛り上がりを見せ、画面上にでかでかと素人目にも上手いとは言えない手描きのロゴマークが映し出された。 「神城(かみしろ)オカルトトリオ」 「だっせーーーーーーー!!!!」  突然横から怒りを含んだ絶叫が響いた。 「だせぇ! とにかくだせぇ! ウルトラだせぇぞ! おい!」  先ほどからバカの一つ覚えのようにだせぇ、だせぇと叫んでいる。まぁ実際ださいよな。  それに答えてモニタ前からぼそぼそと声が聞こえた 「だって、ホラーといえばな雰囲気出てるじゃん。でもって僕的にはこのB級感がオカルト好きには受けると思うんだ」  PCのファンの音にかき消されるんじゃないかというレベルの声量だ。腹から声出せ。 「ああ! もう、辛気くせぇな!! あと部屋が暗すぎんだよ!」  怒り狂った声の主は勝手知ったるという様子でズカズカと奥へ進んで行き、思い切りカーテンを引き開けた。  一気に部屋に光が溢れる。何て事は無い10畳程のコンクリ張りの部屋に、何て事は無くないバカでかいPCサーバーが乱立し部屋の半分を占拠している。完全にサイバーテロ犯のアジトだ。 「やめてよ〜。明るいのは苦手だし、でもってマシンにもよくないんだよ」  いかついPC用チェアの上で小さく縮こまり、ジャージ姿で前髪を長く垂らした細身の少年が抗議する。 「うるせぇ! お前そんなんだから生っ白いんだよ! モヤシ野郎! 吸血鬼!」  対照的に金髪で色黒、がっしりした体つきのいかにもヤンキー風の少年が凄む。 「吸血鬼、吸血鬼といえばこの間見た映画でさ!」 「ああ!? うるせぇ! 締めんぞ!」  このままでは永遠に面白くもない夫婦漫才を見続けるはめになりそうなので、俺はついに声をあげた。 「あの……アイス、とけるよ?」  二人の動きがピタリととまり、部屋隅のリビングテーブルの上に置かれた安くてでかいカップアイスを同時に見つめた。カップから滴った水滴の量がアイスの惨状を物語っていた。    俺とヤンキーと吸血鬼はバニラ味の液体と化した哀れなアイスをすすり終え、今はポテトチップスをつまんでいる。  まだ6月で梅雨明け前だというのに真夏のような強い日差しが窓から差し込んでおり、外の暑さを物語っていた。ちなみにこの部屋は夏以外でもPC熱で蒸し風呂と化すので、空調は常時フル稼働で快適だ。 「いいか、扱ってる内容が心霊系だからって心霊マニアだけが見る訳じゃないんだぜ。マニア向けだとチャンネル登録者数も増えないままだしよ、間口を広くするためにもキャッチーなオープニングじゃないとだめなんだよ! てか説明したはずだよな? あ?」  ヤンキーがパイプ椅子の上で胡座をかき、体を揺すりながら凄んでみせた。  こいつは日野(ひの) 大地(だいち)。俺と同じ上代(かみしろ)高校に通う高校1年生。だが実際のところ年齢は1つ上だ。人を見た目で判断するのは良くないと言うが、見た目通り素行不良により2度目の高校1年生を送っている。去年隣の県から引っ越してきたらしいが、問題児の少ないうちの高校ではまぁ浮いていると思う。悪い奴ではないのだが。 「あれでもそれなりに譲歩したつもりだよ。期待感を煽るには十分キャッチーだと思うんだけどな」  大地に睨まれてもどこ吹く風といった様子のこいつは金政(かねまさ) 宗次郎(そうじろう)。同じく上代高校の1年生だ。だが宗次郎は節目の行事以外一切学校に来ていない、所謂登校拒否の引きこもりだ。親はかなりの金持ちで、1人っ子のためなのか、かなりの溺愛っぷりを発揮し完全に宗次郎の好きにさせているらしい。ちなみにここは広大な庭にある宗次郎専用の離れだ。見た通りPC関係が得意で本当にハッカーとかやってるんじゃないかと疑っている。 「おい、湊は何かないのかよ?」  ポテチを食べながら二人の様子をぼんやり眺めていたので反応が遅れた。 「え? ああ、えーっと、いいんじゃないのかな」  そんな返答に大地はため息をついた。 「お前なぁ、やる気あんのかよ?」  俺、関口(せきぐち) (みなと)は内心焦った。熱量のあるものに対峙すると一歩引いてしまう癖があって、どこか人事になってしまう。二人に比べるとごく一般的な高校生だ、いや二人のキャラが濃すぎるのだと思う。一般的ではない所も一部あるかもしれないが、まぁそんなものは多かれ少なかれ皆が持っているものだと思う。 「ごめん、ごめん。うん、間口を広くっていう大地の意見には賛成。けど、オープニングがどれだけ格好よくなっても肝心の本編の内容がイマイチじゃ、やっぱりチャンネル登録してくれないと思う。再生数は伸びるのかもしれないけど……」   今度は大地と宗次郎も深いため息をついた。 「そうだよね〜。高校生が行ける範囲で、なおかつこの田舎の心霊スポットなんか地元民には行き倒されてるし、規模も見た目もインパクトに欠けるよね。映像編集でそれっぽい雰囲気にはなってると思うけど、現実はこれだもん」  宗次郎がタブレットの画面を向けた。Yo Tubeのアプリが立ち上がっており、神城オカルトトリオのチャンネルトップ画面が表示されている。チャンネル登録者数は25人。 「3ヶ月でこれか、正直俺の撮影テクと宗次郎の編集技術があればもっといくと思ってたわ」  そう、俺たちは動画配信サイトYo Tubeで「神城オカルトトリオ」というチャンネルを運営している。今年の2月、とある出来事がきっかけで三人は意気投合、というより利害が一致しチャンネル開設にいたった。  Yo Tubeには誰でも動画を投稿できるが、Yo Tuberと呼ばれる動画配信者は人気になれば芸能人と匹敵、10、20代の若者に対してはそれ以上の影響力のある者となれる。その人気尺度の大きな一つがチャンネル登録者数である。100万規模のチャンネルともなれば握手会、グッズ販売、アリーナツアーなどYo Tubeという媒体を超えた活動も可能となる。登録者20人代というのは悲しい事に、かなりの弱小チャンネルだろう。  チャンネルのジャンルは多岐に渡り、特に人気があるのは◯◯してみた系やゲーム実況などだが、俺たちが活動しているのは所謂オカルト系のジャンルだ。テレビでの心霊番組が少なくなり、オカルト人気は下火に見えるが、いまだに根強い需要のあるジャンルだと思う。Yo Tubeでは怪談朗読、オカルトネタ考察などがあるが、俺たちがやっているのは心霊スポット凸というものだ。その名の通り心霊スポットへ行って、その様子を映像に収め、公開する。  ちなみにチャンネル名の神城というのは地元、上代市をもじったものだ。 「心霊スポットだからってそうそう何かが起こる訳じゃないもんね。いっそ編集で何か入れちゃう?」  宗次郎の映像編集能力はかなりのものだと思う。それらしく幽霊を入れることも可能だろう。 「そんな事しても意味ないだろうが。テレビなら喜ばれるかもしれんが、ネットの連中が求めるのはその場の空気感とリアリティだ。幽霊がどうのこうのよりその場所の来歴から来る暗さや怖さの方が重視されんだよ。それが視聴者に届いてないうちはまだまだ三流ってことだな」  宗次郎は大地をまじまじと見つめた。 「大ちゃんって時々するどいよね。バカなのに」 「ああ!? お前ふざけんなよ! あと大ちゃんって呼ぶなっつってんだろ!」  また話が前に進まなさそうなので割って入った。 「それで大地、視聴者から情報提供あったか?」  3人では心霊スポットの情報収集にも限界があるので、数少ない視聴者やSNSで上代市周辺の心霊スポット情報の提供を呼びかけている。地域が限定されているためこの3ヶ月の実入りは少ない。大地は浮かせた腰をしぶしぶ落ち着けてスマホを操作した。 「今週はゼロだ。この方法も手詰まりだし、見直しが必要…っと待て。」 「どうしたの? 大ちゃん?」  大地は食い入るようにスマホを見つめている。 「ついさっき視聴者からメールが来てた。県境の山にかなり古い病院の廃墟があるらしいぜ」  俺は首をひねった。 「病院? そんな定番スポットあったら見逃さなさそうだけど」 「こいつは迷った際に偶々見つけたらしい。コースから外れたかなり奥深いところにあるらしくて地元の奴に聞いても知らなかったそうだ。しかもこいつは……」  そこで宗次郎は言いよどんだ。そして 「こいつは病院の窓に大勢の子供がいるのを見たらしい」
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