11-1

2/3
258人が本棚に入れています
本棚に追加
/113ページ
 福というのが何だかは、良く知らない。  本当に彦三郎がそれを運んでくるのかにも、正直あまり興味がない。  けれど、今日もうちの神様が穏やかに暮らせてるなら、もうそれでいい気もする。  二人で、単身者用の狭いキッチンに並んでカレーの支度をする。 「やっぱり、兄さんの手の跡目立つな」  彦三郎が俺の手を見て言う。  彼に食べられてしまった箇所は、あの後病院に行って治療してもらった。  避難中にひっかけてしまった。詳しい事は何も覚えていない。  そう言い張ったところすんなりと治療をしてもらえた。  けれど、跡は残ってしまった。  別に痛みが残ってるとか手を動かしにくいなんてことはない。  ただ、手の甲に少し白っぽい跡がついてしまっているだけの事だ。  あの時、彦三郎を置いていくことと比較すれば些末なことだ。  正直、麻酔の注射を手に打たれた時は痛みで顔をしかめたけれど、今は何とも思っていない。  彦三郎はニンジンの皮むきの手を止めてこちらを見る。  視線が俺より少し上からなのはやっぱり少し慣れない。  だからという訳でも無いが、兎に角話の方向を逸らしたくて「そういえばこの近所で今度夏祭りがあるんだってさ」と話しかける。 「ほら、彦三郎、ワタアメ食べたいって言ってだろ?」  俺が言うと彦三郎は少しだけ目を見開いて「よく兄さんそんな事覚えてるな」と言う。 「ワタアメを食べながら、花火を見るのは楽しいぞ」  そういう俺もここ数年夏祭りも花火も縁がない。  彦三郎はニンジンを置いて、それから俺の方を見た。  茶色い髪の毛がサラリと揺れる。 「ありがとうな。晴泰」  普段はあまり呼ばれない名前を呼ばれた。  彼が何に対してのお礼を言ったのかは俺にもはっきりとは分からない。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!