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さて、これは20歳の時の話。私は地元の大学病院に中学の同級生だった津川玲子ちゃんのお見舞いに行った。他の同級生からの連絡で彼女が癌で入院してると知らされたのだ。
久しぶりに会う玲子ちゃんは随分と痩せて小さく見えた。口元を覆う酸素マスクが白く曇ったり透けたりを繰り返している。体からはコードや管が何本も伸びて見慣れない器械に繋がっていた。
「玲子ちゃん……」
聞こえてる?
「玲子ちゃん……綾だよ」
反応はない。
ベッドの向かいで玲子ちゃんのお母さんが嗚咽を漏らした。
「昨日、急に容態が悪くなって」
心電図の器械がピッピッピッと鳴っていて彼女の命がまるで器械の中に移動しているように思えた。
私は玲子ちゃんの熱っぽい手を握って頭をそっと撫でた。『玲子ちゃん頑張って』心の中で励ます事しか出来なかった。おばさんの嗚咽が聞こえる中、私は暫く玲子ちゃんの手を握っていた。ただ時間だけが流れた。
私は「又来るね」と立ち上がって、おばさんに挨拶をし廊下に出てもう一度振り返った。その時、閉じた彼女の目尻にキラリと光るものが見えた。
『玲子ちゃん、聞こえてたんだね』……冷たさが足元から上がってきそうなリノリウムの廊下に立って私は心の中で呟いた。
薄暗いロビーを抜けて病院を出ると目の前がパッと明るく開けて、桜の花びらがひらひらと柔らかな風に舞っていた。
『玲子ちゃん、桜の季節だよ』
堪えていた涙がこぼれた。
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