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カリーナが腕時計を見る。
「時間はまだある。安全策をとって遠回りして南口まで向かおう」
「サンプル回収も残ってるわ」
「ああ、それもレーシアに任せる」
レーシアは不満があるように眉間にしわを寄せた。
「工具箱を忘れるなよ」
「はい」
重い工具箱をもう一度持ち上げたその時だった。箱の開閉を確認しなかったブラッドは勢いよく箱を持ち上げる。中の工具がコンクリートの地面になだれ落ちた。けたたましい音を立てて地面に散らばる。
状況を確認するより前に叫んでいた。
「向こうまで走れ!」
工具箱を放置し、建物に囲まれた狭い道まで走った。建物の陰に隠れ、逃げてきた方を覗くようにして見る。工具箱周辺には既にゾンビが溜まり、手探りで音の発生源を探しているようだった。
「ブラッドどうする?」
背後からカリーナに背中を突かれた。置いてきた工具箱を回収するには、まずゾンビをなんとかしなければならない。昨日からの任務で見たゾンビの習性を振り返りながら、今の状況もふまえて方法を考える。
ゾンビは視力が低い代わりに、聴力が優れているため、少しの物音にでも反応して向かってくる。身体能力は感染から時間が経つたびに低下していく。
工具箱の周りには複数のゾンビがいて、街にはまだ山ほど、殲滅隊襲撃の生き残りがいるだろう。銃は音が出るから発砲はできない。かと言って、あれだけのゾンビを近接攻撃で負かす自信もない。ゾンビさえ排除できればいいのだが……。
ブラッドは少し考え一つの答えを出した。
「工具箱を取ってきます。ここで待っててください」
女二人を置いて、ブラッドば飛び出した。走る先は工具箱ではなく、街中央を通る大通り。ゾンビたちに気づかれないように足音を消して走る。大通りの脇で、ブラッドは手のひらサイズの石を拾い放り投げた。その石は綺麗な放物線を描き、建物の窓ガラスを突き破った。割れたガラスは建物の中に散らばり、外に落ちてくることはなかったが、大きな音を立てた。
ゾンビたちは割れた窓ガラスの方を向いた。作戦成功。ブラッドの予測通り、ゾンビは窓ガラスの方に手を伸ばして進んだ。
ブラッドはゾンビが失せた工具箱迄たどり着くことができた。すぐに工具箱の中身を片付ける。はっきり言って、どれがどの場所に入っていたかなんて覚えていない。とにかく落としたものを詰め込むようにして片付け、急いで戻った。
カリーナたちのところまで全力で走った後の疲労感はとてつもなかった。
「だいぶへばったみたいだな」
「これ……やっぱ重すぎますよ」
膝に手を当てて息を切らす。ブラッド自身体力に自信はあったが、昨日の出来事も含めて、心身ともに疲労が溜まっているようだった。
カリーナは立ち上がり南口へ向かい始める。どうやら休憩する時間はないらしい。工具箱を持ち直して後を追う。
南口に向かう道をゾンビに何度も塞がれながらも、その度にカリーナがナイフで道を切り開いていく。
ふと足を止め、腰を落とした。フェデリカを十時に切る東側の大通りまで来ていた。狭い路地を抜けてきたが、ここからは先は大通り。広く、視界が開ける。だが、それはゾンビも同じこと。視力は大きく退化しているとはいえ、見えていないわけではない。既に大通りには複数のゾンビがいた。
「ここから先は落ち着く暇もなさそうだな」
カリーナが覗きながら呟いた。
「サンプル回収はどうするつもりですか? 落ち着いて行わないとかえって危険ではないでしょうか」
南口に着くまでにはサンプルを回収しておきたい。三人で複数のゾンビを相手にするのではなく、できれば三対一の状況で。
「時間はありますし、一度戻りましょう。さっきの狭い路地だったら……」
「時間はなさそうだぜ」
突如、左側から銃声が響いた。その音で死体をついばむカラスたちが羽ばたいていき、ゾンビたちはその銃声のする方を向く。
「この銃声は……」
北口から来たのだから、左側は東門。担当はダニエルたちだった。
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