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「あのバカ、気安く発砲しやがって」
カリーナが小さく舌打ちする。
「こちら東門前、多数のゾンビと交戦中。近くまで来てたら援護を頼む!」
通信機から焦る声が鳴っていた。聞いたこともない声。ダニエルとペアの殲滅隊員だろう。
「仕方ない。行ってやるか」
「……サンプルは?」
久しぶりにレーシアが口を開いた。その声と同時に背後の窓ガラスが割れ、ゾンビが身を乗り出していた。きっと、さっきの銃声を聞いて反応したのだろう。
「丁度いいところにいたわね」
レーシアがゾンビに向かう。這いつくばるそいつを足で蹴り飛ばした。感染してから時間が経っているのか、立ち上がるどころか、虫のように地面でもがき始めた。
「こいつならまだ安全にやれるかも」
黒い袋を取り出した。医療班から頼まれたサンプルを入れる袋だ。
「こいつからどうやってサンプルを?」
「こいつ自体を持って帰りたいところだが、一部分だけ貰っていく。レーシア任せたぜ」
そう言ってナイフを手渡した。
カリーナは大通りの方を、ブラッドは来た道の方の防衛にあたる。サンプル回収は時間がかかると聞いたブラッドの行動だった。
レーシアはゾンビに近づき、ナイフの刃を向けた。それを見るブラッドに気づいたカリーナは注意を促す。
「見ない方がいいぞ」
ナイフの刃をゾンビに押し当てた時点で、言葉の意味を理解し、目を背けた。背後から嫌な音が微かに聞こえた。
「終わったわ」
しばらくしてその声を合図に、護衛の二人が振り返った。レーシアは黒い袋を片手に立ち上がる。
「はいこれ」
カリーナには借りたナイフを、ブラッドには黒い袋を渡した。
「サンプルだから、大切に扱えよ」
黒い袋の中身は重く、ごつごつした手触りだった。これがゾンビの一部分。中身については聞かないことにした。
「……その袋の中身、どこの部分なんだい?」
ブラッドの思いを打ち砕くようにカリーナが聞いた。
「右手よ」
一気に気分が悪くなったように感じ、思わず口を押さえたくなった。
「こちらダニエル、交戦していたゾンビを殲滅。引き続き東門封鎖後、南口に向かう」
「おう、なんとかなったみたいだな」
サンプルの回収で援護には行けなかったが、ダニエルは無事のようだった。
「しかし、ペアの殲滅隊員が負傷。傷は浅いが、念のため早期撤退し、手当を受けた方がいい。ヘリは空いているか?」
「こちらアドラー、現在南口に向かっている。俺たちを降ろし次第、ヘリを東門まで行かせる。カリーナたちは東門でダニエルと合流し、南口に来てくれ」
「やっぱり私たちが遠回りさせられるのかよ。予感はしてたけど」
通信を切り、アドラーには聞こえないようにしてから、不満をこぼす。
「……急ぎましょう。ヘリが着くまでには合流しないと、ヘリの音でまたゾンビが湧きます」
「まさか初任務で二日目の新人にそんなこと言われるとはな」
そう言いながら走り出すカリーナ。周辺のゾンビはさっきの銃声に気をとられている。多少、大胆な行動をしても、たとえ気づかれたとしても、ゾンビとブラッドたちが向かうところは一緒。けれど、音はあまり立てないようにして走った。
少し走ると東口が見えてきた。そこには複数の人影。ダニエルらしき影はふらつく影に向かって走り、その後ろには横たわっている人影があった。
「急げ、またゾンビが集まってきてる」
カリーナは拳銃を抜いた。ブラッドも合わせて拳銃を手に持つ。
ダニエルの姿がはっきりと見えた。カリーナが叫ぶ。
「ダニエル! 加勢するぜ!」
少し前まで少しの音でも気にしていたとは思えないほど、銃を連射し始めた。ダニエルがすぐにこちらに駆けつけ、カリーナと前方を、ブラッドとレーシアは来た道を振り返り、連れてきたゾンビを対処した。
持ってきた弾を惜しげもなく使い、次々と頭を撃ち抜いていく。常にゾンビとは一定の距離を置いて戦う。手を伸ばしても届かない距離であり、念のため2メートルは距離を置く。昨日から、ほんの数回戦ってみて導き出した戦い方だった。それをブラッドは試してみたかったが、後ろから来るゾンビはほとんどレーシアが仕留めたため、ブラッドは戦い方を試すほど戦闘はできなかった。しかし、ブラッドが相手をした数体のゾンビは危なげなく撃退できた。
「お前ら大丈夫か」
「それはこっちのセリフだ。誰のために来てやったんだよ」
四人は負傷した隊員に駆けつける。まだ若い隊員だった。意識はまだある。顔には引っ掻かれたような傷がいくつもあり、腕には噛まれたような傷から血が溢れてきていた。
「これやばいぞ」
「……どいて」
レーシアはブラッドとカリーナの間に入り、持ってきていたカバンから包帯を取り出した。腕の傷に包帯をきつく縛って止血を試みた。
「意識ははっきりしてる、ヘリですぐに戻って治療すれば大丈夫よ」
「……すみません……僕が……慌てたばっかりに」
隊員の彼が痛みに耐えながら、苦しそうに声を出した。
「こいつも新入りなんだってよ。もしかして、こいつと同期か?」
ダニエルがブラッドを指差し、彼がこちらを見る。彼も、ブラッドと同じ試験の合格者だった。角度のせいなのか、ブラッドそれまで気がついていなかった。彼の顔は覚えている。ブラッド含め合格した四人の中にいたうちの一人。彼も正義のために試験を受けていた。ブラッドはそれを知らないが、何か自分と近いものを感じていた。
「あなたは確か……」
「……ベンダーだ。君は……やっぱりたくましく……見えるな。でも、まさか……君がquietとはな……。……落ちこぼれの俺とは大違いだ」
そう言って笑みを見せたが、苦しそうな顔に変わりはなかった。
「そろそろヘリが来るだろう。どうだ、立てるか?」
ダニエルが手を差し出して、それに掴むベンダー。しかし、力が入らないのかすぐに倒れてしまった。
「ブラッド、肩貸してやれ」
二人でベンダーを抱えた。ダニエルにはヘリの音が聞こえていたかのように、立たせた後すぐにヘリはやってきた。カリーナが着陸の合図を送る。
ブラッドたちが降りた時とは違い、今回は完全に着陸させた。ヘリでゾンビが湧かないようにエンジンを切った。急いでベンダーを乗せる。
すると胸元の通信機が振動した。
「これから南口で合流予定だが、このままだと帰るためのヘリを数回往復することになる。今のうちに帰れる奴は負傷者とフェデリカから離脱してくれ」
「了解」
通信が切れる。
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