第一章 精鋭部隊の劣等兵

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「あのバカ、気安く発砲しやがって」 カリーナが小さく舌打ちする。 「こちら東門前、多数のゾンビと交戦中。近くまで来てたら援護を頼む!」 通信機から焦る声が鳴っていた。聞いたこともない声。ダニエルとペアの殲滅隊員だろう。 「仕方ない。行ってやるか」 「……サンプルは?」 久しぶりにレーシアが口を開いた。その声と同時に背後の窓ガラスが割れ、ゾンビが身を乗り出していた。きっと、さっきの銃声を聞いて反応したのだろう。 「丁度いいところにいたわね」 レーシアがゾンビに向かう。這いつくばるそいつを足で蹴り飛ばした。感染してから時間が経っているのか、立ち上がるどころか、虫のように地面でもがき始めた。 「こいつならまだ安全にやれるかも」 黒い袋を取り出した。医療班から頼まれたサンプルを入れる袋だ。 「こいつからどうやってサンプルを?」 「こいつ自体を持って帰りたいところだが、一部分だけ貰っていく。レーシア任せたぜ」 そう言ってナイフを手渡した。 カリーナは大通りの方を、ブラッドは来た道の方の防衛にあたる。サンプル回収は時間がかかると聞いたブラッドの行動だった。 レーシアはゾンビに近づき、ナイフの刃を向けた。それを見るブラッドに気づいたカリーナは注意を促す。 「見ない方がいいぞ」 ナイフの刃をゾンビに押し当てた時点で、言葉の意味を理解し、目を背けた。背後から嫌な音が微かに聞こえた。 「終わったわ」 しばらくしてその声を合図に、護衛の二人が振り返った。レーシアは黒い袋を片手に立ち上がる。 「はいこれ」 カリーナには借りたナイフを、ブラッドには黒い袋を渡した。 「サンプルだから、大切に扱えよ」 黒い袋の中身は重く、ごつごつした手触りだった。これがゾンビの一部分。中身については聞かないことにした。 「……その袋の中身、どこの部分なんだい?」 ブラッドの思いを打ち砕くようにカリーナが聞いた。 「右手よ」 一気に気分が悪くなったように感じ、思わず口を押さえたくなった。 「こちらダニエル、交戦していたゾンビを殲滅。引き続き東門封鎖後、南口に向かう」 「おう、なんとかなったみたいだな」 サンプルの回収で援護には行けなかったが、ダニエルは無事のようだった。 「しかし、ペアの殲滅隊員が負傷。傷は浅いが、念のため早期撤退し、手当を受けた方がいい。ヘリは空いているか?」 「こちらアドラー、現在南口に向かっている。俺たちを降ろし次第、ヘリを東門まで行かせる。カリーナたちは東門でダニエルと合流し、南口に来てくれ」 「やっぱり私たちが遠回りさせられるのかよ。予感はしてたけど」 通信を切り、アドラーには聞こえないようにしてから、不満をこぼす。 「……急ぎましょう。ヘリが着くまでには合流しないと、ヘリの音でまたゾンビが湧きます」 「まさか初任務で二日目の新人にそんなこと言われるとはな」 そう言いながら走り出すカリーナ。周辺のゾンビはさっきの銃声に気をとられている。多少、大胆な行動をしても、たとえ気づかれたとしても、ゾンビとブラッドたちが向かうところは一緒。けれど、音はあまり立てないようにして走った。 少し走ると東口が見えてきた。そこには複数の人影。ダニエルらしき影はふらつく影に向かって走り、その後ろには横たわっている人影があった。 「急げ、またゾンビが集まってきてる」 カリーナは拳銃を抜いた。ブラッドも合わせて拳銃を手に持つ。 ダニエルの姿がはっきりと見えた。カリーナが叫ぶ。 「ダニエル! 加勢するぜ!」 少し前まで少しの音でも気にしていたとは思えないほど、銃を連射し始めた。ダニエルがすぐにこちらに駆けつけ、カリーナと前方を、ブラッドとレーシアは来た道を振り返り、連れてきたゾンビを対処した。 持ってきた弾を惜しげもなく使い、次々と頭を撃ち抜いていく。常にゾンビとは一定の距離を置いて戦う。手を伸ばしても届かない距離であり、念のため2メートルは距離を置く。昨日から、ほんの数回戦ってみて導き出した戦い方だった。それをブラッドは試してみたかったが、後ろから来るゾンビはほとんどレーシアが仕留めたため、ブラッドは戦い方を試すほど戦闘はできなかった。しかし、ブラッドが相手をした数体のゾンビは危なげなく撃退できた。 「お前ら大丈夫か」 「それはこっちのセリフだ。誰のために来てやったんだよ」 四人は負傷した隊員に駆けつける。まだ若い隊員だった。意識はまだある。顔には引っ掻かれたような傷がいくつもあり、腕には噛まれたような傷から血が溢れてきていた。 「これやばいぞ」 「……どいて」 レーシアはブラッドとカリーナの間に入り、持ってきていたカバンから包帯を取り出した。腕の傷に包帯をきつく縛って止血を試みた。 「意識ははっきりしてる、ヘリですぐに戻って治療すれば大丈夫よ」 「……すみません……僕が……慌てたばっかりに」 隊員の彼が痛みに耐えながら、苦しそうに声を出した。 「こいつも新入りなんだってよ。もしかして、こいつと同期か?」 ダニエルがブラッドを指差し、彼がこちらを見る。彼も、ブラッドと同じ試験の合格者だった。角度のせいなのか、ブラッドそれまで気がついていなかった。彼の顔は覚えている。ブラッド含め合格した四人の中にいたうちの一人。彼も正義のために試験を受けていた。ブラッドはそれを知らないが、何か自分と近いものを感じていた。 「あなたは確か……」 「……ベンダーだ。君は……やっぱりたくましく……見えるな。でも、まさか……君がquietとはな……。……落ちこぼれの俺とは大違いだ」 そう言って笑みを見せたが、苦しそうな顔に変わりはなかった。 「そろそろヘリが来るだろう。どうだ、立てるか?」 ダニエルが手を差し出して、それに掴むベンダー。しかし、力が入らないのかすぐに倒れてしまった。 「ブラッド、肩貸してやれ」 二人でベンダーを抱えた。ダニエルにはヘリの音が聞こえていたかのように、立たせた後すぐにヘリはやってきた。カリーナが着陸の合図を送る。 ブラッドたちが降りた時とは違い、今回は完全に着陸させた。ヘリでゾンビが湧かないようにエンジンを切った。急いでベンダーを乗せる。 すると胸元の通信機が振動した。 「これから南口で合流予定だが、このままだと帰るためのヘリを数回往復することになる。今のうちに帰れる奴は負傷者とフェデリカから離脱してくれ」 「了解」 通信が切れる。
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