第一章 精鋭部隊の劣等兵

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「これは、ベンダー氏のレントゲン写真です。写真でも分かる通り、植物の根のような触手が全身の体内に絡み付いています。この触手は上半身全体に達していて、脳まで到達していました」 無数の細い触手が体内の肺や胃などの臓器と白く写るはずの骨をを覆い隠していた。 「彼がゾンビに噛まれたと思われる場所は二箇所、脇腹と首でした」 ブラッドはクリスティアの話には耳もくれず、食い入るようにスクリーンを見ていた。 まさか。 ブラッドだけではなく、ここにいる全員が分かっただろう。 「この触手は脇腹と首から伸びているように見えます。噛まれている場所とも一致しています」 脳まで伸びた触手は脇腹と首の二箇所で束のようになり、そこから全身に伸びているようだった。 「噛まれたことでこのようになるのか?」 「我々はそう考えています。噛まれることによって植物の種子のようなものが体内に付着。そこから植物のように触手が成長したようです」 止まることなく話したクリスティアは、一呼吸おき、また話し始めた。 「触手によってなぜ、ゾンビになるのか。ここからは我々の推測です。触手は全身に伸びているように見えますが、一番の目標は脳と思われます。その触手が脳まで達すると一体化し、脳に指令を与えているのでしょう。しかし、この触手も完璧ではないです。脳に指令を与えますが、寄生した宿主の生命を保つことまでは出来ないと考えています」 ゾンビは不死身ではない、ブラッドはそう理解した。 「この触手はあくまで死体動かすための動力なのでしょう」 「では、なぜ人を襲う?」 「これも推測です。生物には生殖本能があります。触手を増やすには種を他の死体に移す必要があります。これまでの記録からも空気感染でないことは明らかでした。直接、手を加えないと感染は起きません。しかし、ゾンビたちは殴る、蹴るという暴力は行いません。彼らの行動は手で掴む、噛む、これだけです。そのため、その噛む動作が感染に直接関わっていると考えました」 「それで、触手の種というのは……」 「はい。現在、ベンダー氏の歯と爪を解析中です。ここから種になるような物質が見つかれば、この仮説は決定的なものになるでしょう」 ゾンビの掴む、噛む、という動作が全て触手の繁殖のための行動であったら、筋は通る。誰も疑問や否定をする者はいなかった。 「……その身体に生えた触手は取り出してみたのか?」 アドラーが遠慮気味に問う。ベンダーを考えての言い方だった。 「それが、ベンダー氏のレントゲン写真を、撮影後、解剖を試みたのですが、その時にはもう身体の中に触手はなく、腐敗が進んでいましたら」 「触手がなかった?」 エドウィンが顔をしかめた。 「はい。触手の腐敗は、死体の腐敗より早く、解剖を始めた時には既に消えていました」 「触手を取り出すことはできなかったのか」 「そうです。すみません」 クリスティアが唇を噛んだ。そのまま手に持つボタンを押すと、スクリーン消え、部屋が真っ暗に戻る。気を利かせてレーシアが部屋の照明をつけた。 「私からの話は以上です。この触手が感染の原因として確定しても良いかと思います。ただ、触手と呼ぶのもどうかと思うので、皆さんに名前をつけてもらいたいのです」 長い沈黙が会議室に流れた。 「……ダンタリオン」 ふと浮かんだ名前を口にした。 「ブラッド、それは何だ」 エドウィンが問う。 「ダンタリオンです。人を操る悪魔と言われています。この触手も脳と一体化することで、宿主を操っているようなところが似ていると思いました」 「ダンタリオン……」 エドウィンは顎を片手で抑えるようにして考えた。そして、考えついたように勢いよく椅子から立ち上がった。 「では、これはどうだろう。我々はこの触手生物を『植物』と考えた。そして、今ブラッドが口にした人を操る悪魔『ダンタリオン』。これを合わせて『Dプラント』と呼ぶのはどうだろう」 ブラッドも提示された名前を心で読む。 「異論は無いみたいだぜ」 周りの様子を見ていたアドラーが全員の無言の賛成を伝えた。 「了解した。今後、我々はこの感染源を『Dプラント』と名付け、全世界に情報を共有し、根絶を目指す。クリスティア君、これで良いかな?」 「勿論です。今すぐ班長に伝えて来ます」 クリスティアは持ってきたUSBメモリーも持たずに、部屋から飛び出して行った。
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