四章 ふたりで描くドリーム

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四章 ふたりで描くドリーム

『宙くん、その用事って前田さんと勉強したあとじゃダメなの?』 「ダメだ。俺はここで前田さんといるより、一緒にいたい人がいる」 『え……前田さんのことが好きなんじゃなかったの?』 「俺もそう思ってたけど、どうやら違ったらしい」 『急な心変わりだね』 「急じゃない、前から予感はあった」  よく分からないけれど、彼の恋はいつの間にか終わってしまったらしい。 理由は謎だが、ほっとしている自分がいる。 『勉強はいいの?』 「勉強なんてしようと思えばいつでも出来るんだろ? 今しかできないことに時間を費やすことのほうが価値があるって、お前が言ったんじゃないか」 『それは……』  出会ってすぐの頃、私が宙くんに言ったことだった。宙くんはその言葉を覚えてくれていたんだ。 だけど、彼が今やりたいこととはなんなのだろう。 そんな疑問を抱いていると、宙くんは電車に乗って見覚えのある駅で降りた。  うっすらと星が見え始めた空を見て、あそこかもしれないと気づいた。 その予感は、彼が石段を登り始めたことで確信に変わる。 『ねぇ宙くん、もしかしてあの公園に行こうとしてるの?』  そうここは、私の家の近くにある石段だ。 そしてこの石段を上がった先にある坂の上には、前に宙くんと来た星の見える公園がある。 そこに、彼は向かっているような気がした。 「楓、楓は俺に色んなものをくれたな」 『なに、急に?』  石段を上がりながら、宙くんは私の問いには答えずにぽつりと話し出す。 『宙くん、その用事って前田さんと勉強したあとじゃダメなの?』 「ダメだ。俺はここで前田さんといるより、一緒にいたい人がいる」 『え……前田さんのことが好きなんじゃなかったの?』 「俺もそう思ってたけど、どうやら違ったらしい」 『急な心変わりだね』 「急じゃない、前から予感はあった」  よく分からないけれど、彼の恋はいつの間にか終わってしまったらしい。 理由は謎だが、ほっとしている自分がいる。 『勉強はいいの?』 「勉強なんてしようと思えばいつでも出来るんだろ? 今しかできないことに時間を費やすことのほうが価値があるって、お前が言ったんじゃないか」 『それは……』  出会ってすぐの頃、私が宙くんに言ったことだった。宙くんはその言葉を覚えてくれていたんだ。 だけど、彼が今やりたいこととはなんなのだろう。 そんな疑問を抱いていると、宙くんは電車に乗って見覚えのある駅で降りた。  うっすらと星が見え始めた空を見て、あそこかもしれないと気づいた。 その予感は、彼が石段を登り始めたことで確信に変わる。 『ねぇ宙くん、もしかしてあの公園に行こうとしてるの?』  そうここは、私の家の近くにある石段だ。 そしてこの石段を上がった先にある坂の上には、前に宙くんと来た星の見える公園がある。 そこに、彼は向かっているような気がした。 「楓、楓は俺に色んなものをくれたな」 『なに、急に?』  石段を上がりながら、宙くんは私の問いには答えずにぽつりと話し出す。 『宙くん、その用事って前田さんと勉強したあとじゃダメなの?』 「ダメだ。俺はここで前田さんといるより、一緒にいたい人がいる」 『え……前田さんのことが好きなんじゃなかったの?』 「俺もそう思ってたけど、どうやら違ったらしい」 『急な心変わりだね』 「急じゃない、前から予感はあった」  よく分からないけれど、彼の恋はいつの間にか終わってしまったらしい。 理由は謎だが、ほっとしている自分がいる。 『勉強はいいの?』 「勉強なんてしようと思えばいつでも出来るんだろ? 今しかできないことに時間を費やすことのほうが価値があるって、お前が言ったんじゃないか」 『それは……』  出会ってすぐの頃、私が宙くんに言ったことだった。宙くんはその言葉を覚えてくれていたんだ。 だけど、彼が今やりたいこととはなんなのだろう。 そんな疑問を抱いていると、宙くんは電車に乗って見覚えのある駅で降りた。  うっすらと星が見え始めた空を見て、あそこかもしれないと気づいた。 その予感は、彼が石段を登り始めたことで確信に変わる。 『ねぇ宙くん、もしかしてあの公園に行こうとしてるの?』  そうここは、私の家の近くにある石段だ。 そしてこの石段を上がった先にある坂の上には、前に宙くんと来た星の見える公園がある。 そこに、彼は向かっているような気がした。 「楓、楓は俺に色んなものをくれたな」 『なに、急に?』  石段を上がりながら、宙くんは私の問いには答えずにぽつりと話し出す。 『息が苦しくなるくらいに、ただただ走ったの』  そう、あのときの苦しさはただ息が切れていたからじゃない。 理解されなかったことに苦しんでいたのだ。 『そのまま突っ走って道路に飛び出したら、もう幽霊になってて宙くんに憑りついてた』 「っ……じゃあ、楓は……」  彼の言いかけた言葉は、おそらくこうだ。 交通事故で死んだのか、と。 続きを言えなかったのは、私の死を悲しんでくれている宙くんの優しさだろう。 『私、宙くんが自分の夢と向き合う姿を見て、自分に足りなかったものに気づけたの』  宙くんは天文学者になる夢を否定されても、自分の力で叶える覚悟をもっていた。 奨学金を借りて苦労してでも頑張るんだという熱意がご両親にも伝わったから、応援してもらえたのだと思う。  ──なら、私はどうだった?  ただ夢を語って認められないことに喚いて、それを叶えるためになにを努力するのか、ちゃんと考えていなかった。  彼に出会うまで、私は諦めないことの意味を分かっていなかったのだ。 『宙くんは、私にはない強さを持ってる』 「なんだよ、やけに褒めるな」 『ちゃんと伝えておきたかったの』  伝えられなくなる日が来る前に、という言葉が喉まで出かかった。 でも言ったらきっと、君は悲しむだろうからグッと飲み込む。 『できることなら、ずっと……。一緒にいたかったなー、なんて』  本気の言葉を冗談で包み隠す。 君にどう思われるのかが怖くて、自分の本音をそのまま語る勇気が出なかったのだ。  君は迷惑かもしれないけれど、私は宙くんの描く夢を、それを懸命に追う姿を最後まで見届けたかった。 いつからか、宙くんと一緒に私も生きているような気がしてた。  そしてこれは伝えるべきか迷ったけれど、私は……。 『宙くんの未来を、私も一緒に生きたかった』 「っ……」  宙くんが息を呑む。 ついに言ってしまったと少しだけ後悔しながら、それでも止められなかったのだと悟る。 知ってほしかったのだ、私の気持ちを。 『ずっと……一緒にいられるような気がしてたの』  ツゥーッと頬に温かい涙が流れる。 それが私のものなのか、それとも宙くんのものなのかは分からない。 ただ胸が苦しくて、もしかしたら彼も同じ気持ちなのかもしれないと思った。 「なんだよ、それ……。ずっと、いたらいいだろ」  宙くんの声が震えていた。  私は返す言葉を考えたけれど「そうできたらいいのにね」「それはできないよ」、どの言葉も彼を傷つけてしまう気がしてなにも言えなかった。 「いまさら、勝手にいなくなられても困る。楓はもう、俺の一部なんだぞ……っ」  泣いているのは、彼もだった。そう核心した瞬間、愛しさが膨れ上がる。 誰かをこんなにも愛しいと思えたこと、それだけで私の生に意味があったと思える。 『宙くんも、私の一部だよ』  別れは半身をもがれるような痛みを、私たちに連れてくるだろう。 それがいつになるかは分からないけれど、きっとそんなに遠い話ではない。 「だったら……!」 『私だって! 私だって、宙くんのそばにいたいよ……っ』  でも、私にどうこうできる問題じゃない。 どんなに君のそばにいたくたって、私はもうこの世にはいない存在なのだから。 『宙くんの未来を、私も一緒に生きたかった』 「っ……」  宙くんが息を呑む。 ついに言ってしまったと少しだけ後悔しながら、それでも止められなかったのだと悟る。 知ってほしかったのだ、私の気持ちを。 『ずっと……一緒にいられるような気がしてたの』  ツゥーッと頬に温かい涙が流れる。 それが私のものなのか、それとも宙くんのものなのかは分からない。 ただ胸が苦しくて、もしかしたら彼も同じ気持ちなのかもしれないと思った。 「なんだよ、それ……。ずっと、いたらいいだろ」  宙くんの声が震えていた。  私は返す言葉を考えたけれど「そうできたらいいのにね」「それはできないよ」、どの言葉も彼を傷つけてしまう気がしてなにも言えなかった。 「いまさら、勝手にいなくなられても困る。楓はもう、俺の一部なんだぞ……っ」  泣いているのは、彼もだった。そう核心した瞬間、愛しさが膨れ上がる。 誰かをこんなにも愛しいと思えたこと、それだけで私の生に意味があったと思える。 『宙くんも、私の一部だよ』  別れは半身をもがれるような痛みを、私たちに連れてくるだろう。 それがいつになるかは分からないけれど、きっとそんなに遠い話ではない。 「だったら……!」 『私だって! 私だって、宙くんのそばにいたいよ……っ』  でも、私にどうこうできる問題じゃない。 どんなに君のそばにいたくたって、私はもうこの世にはいない存在なのだから。 『私は死んじゃってるんだよ……』 「っ……でもこうして、俺と言葉を交わしてる。ちゃんとこの世界に存在してる!」  こんな奇跡、もう二度と起きない。 それは私にとって幸せな時間であり、別れという最大の痛みを残す。 それでも、君と出会えてよかったと迷いなく言える。 「頼むから、消えるなよ……っ」 『……っ、うぅっ、……あぁ、消えたくない、なぁ』  ポロポロと泣いて、歪む視界で彼が見ている星空を目に焼きつける。 この空を宙くんと永遠に見続けられたら、どれほど幸せだっただろう。 『でも……きっと、私にはもう……』  宙くんと一緒にいられる時間は少ない。 少しずつ起きていられる時間が短くなっているから、確実に消えるときは近づいている。 「せめて、残された時間は一緒にいてくれ」 『え……?』 「俺のために、時間を使ってくれないか」 『宙くんのために?』 「お前は勝手に俺の前に現れて勝手に消えるんだから、それくらいしてくれてもいいだろ」  横暴な物言いに聞こえるけれど、そうじゃない。 私を必要としてくれているからこその言葉だった。 それに彼のお願いは、私に幸福しかもたらさない。 君の得になることなんて、あるのだろうか。 「それで、物書きになりたいって夢を今から叶えるぞ」 『……急になに言ってるの?』 「急にじゃない、お前のためになにかしたいってずっと考えてたんだ」 『叶えるって、私は死んでるんだよ? 無理に決まってる』  不意打ちに告げられた宙くんの提案は、現実味もない上にクレイジーだ。 私は信じられない思いで、驚きの声を上げる。 「俺の身体を使ったらいい。それで、俺が楓の読者一号っていうのはどうだ?」 『なんで……そこまでしてくれるの?』 「言ったろ、ずっと考えてたって。これでも俺なりに精一杯考えたんだぞ、不服か」  また、そんなことを言って。 私が不服なわけがない、むしろ嬉しいに決まっている。 それは小説を書けることにではなく、君が私のためになにかしようと考えてくれたことに対してだ。 『もう、宙くんって不器用だよね』 「おい、緊張してたのに傷を抉るな」 『ごめん、ごめん。嬉しいに決まってるよ、ありがとう』  もう叶えられないと思ってた。 その夢に少しでも触れられるなんて、それこそ夢みたいだ。 感動して、私はまた泣きそうになる。 「俺たちふたりで叶えよう」 『私たち、ふたりで……か』 「前に俺の夢を打ち明けたのも、ここだったな」 『そうだね。ふふっ、宙くんは天文学者に』 「楓は物書きに」 『本当に望んでるものはなんなんだろうって、一緒に悩んだよね』 「あぁ、お前のおかげで俺は見失わずにすんだ」  そう言って星空を見上げる彼の視線の先にあるのは、やっぱりスピカだった。 ここは私たちにとって特別。 描けなかっただろう夢に、一歩踏みだすきっかけをくれた大切な場所なのだ。 「楓の夢は、俺が応援する。世界中の人間が否定しても、俺だけは楓の味方だ」 『っ……もうっ、嬉しくて死ぬ。いや、もう死んでるけど』 「おい、笑えない冗談を言うな」 『ははは、そこはお世辞でも笑ってよ』  本当に欲しかった言葉を宙くんがくれた。  ありがとう、私に夢をくれて。  ありがとう、私と出会ってくれて。  言葉で表すと薄っぺらくなってしまうくらい、彼への感謝の気持ちでいっぱいだ。 人って不思議なもので、嬉しかったり幸せを感じているときは世界が色づいて見える。 だから今日の星空はいっそう美しい。 いつか私が世界から消えてしまっても、この景色と宙くんの言葉だけは忘れたくないなと、心の底から思った。
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