第5章 無毒のポイズナー

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 それから愛里はバタバタと色々な発表会場を訪ねた。  まず、林原と颯太のたどたどしい発表を聞いた。  颯太の発表では、始めにスライドが映らず、途中でレーザーポインターの電池が切れ、最後には突如として始まるWindowsアップデートにより発表が度々止まるという不幸なトラブルが相次いだが、まあ颯太ならば通常運転だろう。  その後は笹島のシンポジウムを聞いた。  特別に広い会場で四十分間という長い講演だったが、笹島はいつもの飄々(ひょうひょう)とした感じのまま発表をそつなく終わらせた。  後は、自分の研究に必要そうな発表を数演題聞き、林原の希望で札幌ラーメンを食べに行き、ホテルの自室へと戻った。  母からメールで父の病状が悪化したという報告が来ていた。きっと隣町の病院にいるのだろう。 「遠いなあ……」  愛里は枕に顔を埋め、いつの間にか眠りに落ちていた。 ***  学会二日目も色々な発表やランチョンセミナー(昼の時間に開催されるセミナーで、弁当が支給される)を聞いて過ごした。  札幌に来たのに札幌らしいことを全然していない。ジンギスカンとラーメンを食べた以外、ホテルと大学とコンビニを行き来しているだけだ。  遊びに来たわけではないのでそれが正しい姿なのだが。  その夜は研究者同士の懇親会――立食形式の会食だった。学会中にはこのような会食の場が設けられることが多い。参加は任意かつ有料だが、研究者がコミュニケーションを取る場としては非常に有用である。  会場は大学近くの大きなホテルの大ホールだ。ホールの中央に設置されたテーブルには多くの料理が並べられている。  中央の刺身の船盛りにローストビーフ、果物のタワーもある。人の間を縫うようにウェイターが銀の盆にグラスワインを幾つも載せて練り歩いている。 「うわっ、すげえ」  立食というものをあまり経験したことのない三人にとって目の前の光景は新鮮だった。 「刺身食べてえ!」  林原は颯太を連れ立って船盛りへと駆けていった。  愛里もまた、豪勢に盛られた魚介のカルパッチョを皿へとよそう。  あちこちで教員や学生、業界人が研究についてディスカッションしている。愛里の研究室のボス、須藤も笹島と他の大学の先生と話し込んでいる。  会食の会場は人々のざわめきで熱気を帯び、汗ばむほどだった。
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