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会食が始まってから一時間ほどが過ぎ、アルコールが軽く脳に浸透してきた頃、壇上に司会進行役の男性が登る。
司会は慣れない英語で話し始め、辺りのざわめきが抑えられる。
「お集まりの皆様、そろそろ授賞式を始めたいと思います」
学会賞の授賞式。
学会賞は当分野に長年にわたって多大なる貢献をしてきた者に与えられる賞だ。偉大な成果を残した教員や退官間近の教授が貰うことも多い。
それ以外にも、今学会で優秀な発表をした者に与えられる奨励賞や面白い研究テーマにはトピックス賞が与えられる。こちらは学生が貰うことが多い。
「それでは早速、学会長の芦屋充教授からお言葉を頂きたいと思います」
芦屋はゆっくりと壇上に上がる。そして、スタンドマイクの背丈を調整し、落ち着いた朗らかな声で話し始める。
「お集りの皆さま、本日は国際腫瘍制御科学学会にようこそおいでくださいました。腫瘍、とりわけ悪性腫瘍と呼ばれるこの病は、ここ数十年で不治の病から治る病へと変貌を遂げています。それはひとえに、科学者、医学者、それに医療器具を作成する技術者達の努力の賜物でしょう。そして、今からさらに数十年後、科学の発展とともに、悪性腫瘍は確実に治る病気として世界に認知されるようになることでしょう。その発展を担うのは、ここにいる皆様方にほかなりません――」
滞りなく、ゆったりと、それでいて余計なことはなく端的に彼は当学会の意義と未来を語った。その間、約五分。人々はじっと芦屋の言葉に聞き入っていた。彼の演説が終わったときには割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「ありがとうございました。それでは授与を始めたいと思います。名前を呼ばれた方は壇上にお上がりください」
いよいよだ。学会賞。国際学会がゆえに大きな賞といえるだろうが、それでもやはりノーベル賞に比べたら足元にも及ばない。
それに、ここで愛里が呼ばれることはない。学会賞は長年、学会に貢献してきた教授に授与されるものだ。
だが、思いもよらない人物の名前が司会によって読み上げられた。
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