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「須藤純教授」
須藤教授。
愛里達の研究室を取り仕切る人物だ。
須藤は忙しく、世界中を飛び回っているため、研究室の中で見かけることはあまりないが、須藤が得る研究資金が愛里達の研究の要だった。
意外だったが嬉しくないわけがない。
笹島の顔を盗み見ると、いつものように微笑みを浮かべていたから、恐らく事前にこうなるということは知っていたのだろう。学会賞のような大きな賞は誰が貰うかかなり前から決めておくものだ。
芦屋が笑顔で須藤を壇上に迎え入れる。
「須藤教授はご存じの通り、農学分野、特に天然物の分析という観点から癌を始めとした様々な病を駆逐しようと研究をされてきました。その功績は到底ここでは語りきることはできません」
芦屋は笑顔でそう言うが、昨日、愛里に言った言葉を忘れたわけではなかった。
『農学分野で、抗癌剤で、企業提携なしでノーベル賞を取るというのは現実的ではありません』
「須藤先生の部屋には優秀な学生がいらっしゃる。今後も、科学界の発展への貢献をよろしくお願いいたします」
芦屋は須藤へとガラス製の盾と賞金の入った封筒を手渡した。
「ありがとうございます」
須藤がそれらを受け取ると大きな拍手が巻き起こる。須藤は気恥ずかしそうにガラスの盾を腕に抱いていた。林原が研究室のデジカメで須藤の写真を撮っている。
それから、同じようなやり取りが繰り返され、数人が賞状などを受け取っていた。
「続いて、若手奨励賞の発表に移ります」
司会の言葉。愛里が呼ばれるとしたらここだろう。
その時は意外にも早く来た。
「神楽坂愛里さん、渡邉(わたなべ)篤(あつし)さん、李(り)芳(ほう)さん、瀬戸内(せとうち)夏樹(なつき)さん」
四人の名前が呼ばれた。
「おっ、さすが」
遠くで林原の声がした。
予期していなかったわけではない。発表内容はかつてに比べればよくまとまっているし、プレゼンは上手くいった。芦屋も言っていたが将来性もある。
だが、不幸を呪っていた当時の愛里からしたら、今の自身の姿は想像すらできなかったろう。
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