第5章 無毒のポイズナー

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 壇上に至る階段。  たったの二段だ。  そして、ノーベル賞に至る階段に比べれば、あまりにも少ない段数だ。  だが、愛里にはその階段は輝いて見えていた。  階段に足を踏み下ろす度に世界が変わって見えた。  遠くで颯太が微笑んでいるのが見えた。  手を振りたい、そんな気分にさせられた。  壇上にて芦屋と対面する。  彼はにこりと微笑んだ。 「神楽坂愛里さん。貴研究発表『抗癌作用を持つ新規天然物の探索とEPR効果による治癒効果の検証』は、将来の科学界を担うたいへん素晴らしいものでしたので、ここにこれを賞します。おめでとうございます」  賞状を貰う。 「こちらが賞金です」  金一封の入った封筒も併せて貰う。 「ありがとうございます。精進します」  愛里はそう答え、会場から拍手が沸き起こった。 「神楽坂せんぱーい、こっち向いて」  調子に乗った林原がデジカメをこちらに向けてくる。今日だけは要望に応えてやることにした。  恐らく、今日のことを愛里は忘れないだろう。  少しずつではあるが前に進めたことを、他人に認めてもらったこの日を。
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