第5章 無毒のポイズナー

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 懇親会の会場は人々の話し声で溢れていた。  立食式の懇親会ではあるが、実は授賞式の場でもあり、それ以上に研究者同士のコミュニケーションの場としての意味が大きい。  普段は会えないような他大学、今回のように国際学会ならば、外国の研究者とも情報交換ができるのだ。皆、癌に対して一定以上の知識と情熱を持っている人達だ。話は盛り上がり、そのうち料理や飲み物のことなど忘れてしまう。  愛里もそのひとりだった。  若手奨励賞を受賞したほかの二人の学生のうち、ひとりは中国出身の大学生。もうひとりは京都にある京立大学の学生――芦屋の研究室の学生だった。 「渡邉さんは普段、どんな研究をされているんですか」  一緒に登壇したよしみということで愛里は京立大学の渡邉の話を聞こうと考えていた。確か彼も愛里と同じ修士二年だったはずだ。 「ああ、俺は白血病――つまり、血液の癌の研究をしています。サンプル採取だって言いながらみんなの採血をするから吸血鬼なんて言われていますよ」 「あはは、おかしなあだ名なら私もつけられたことがあります。学部時代に図書館に入り浸り過ぎたせいで“図書館に行ったら十二割の確率で出会える”なんて言われてしまって」 「勉強熱心なんですね。まあ、でなきゃ、若手奨励賞なんてもらえないか」  渡邊は気さくで話しやすい性格だった。彼の発表を聞きに行けなかったことが悔やまれる。しばしの談笑の後、愛里はこう切り出した。 「あの、少し伺いたいのですが、芦屋教授はどのような方なのでしょうか」 「え、どうって……まあ、凄い人だとは思いますけど」  芦屋の話に乗るかどうか決めたわけではないが、彼の人となりを知っておくのは損にはならないだろう。言ってもいいことなのかどうかは分からなかったが、昨日の件を話題に出してみた。 「実は昨日、研究室にスカウトされまして……」  渡邉の反応は案外薄かった。 「え、俺の研究室にですか? 本当にあの人はもう……」 「よくあることなんですか?」 「いや、よくあるわけではないです。スカウトしたってことは相当、神楽坂さんに惚れ込んだってことなんでしょうけど」  そこで渡邊はビールをぐびりと飲んだ。
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