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「君ならば公務員試験を受けて国の機関に入ることや民間の企業に就職することも容易でしょう」
「……」
「ただ、やはり私としては君には博士課程進学を勧めます。お金のことが心配ですか。論文を書いて奨学金に応募するもよし、君なら技術補佐員としてささやかな給料も出せるでしょう」
「……ありがとうございます」
「だから、ぜひ私の研究室に進学してもらいたい。それが私の今の正直な気持ちです」
彼の真摯な双眸(そうぼう)がジッと愛里を捉えて放さない。
居たたまれなくなって愛里は目を逸らした。
「何が問題ですか」
「……進学費用や……後は親のこととか……」
愛里は彼の視線から逃れたくなって正直に懸念を打ち明ける。
「……」
「父の癌のことです」
「……それはお金もかかりますね」
比(ひ)久(く)羅間(らま)という小さな集落で、風評被害で買い手のつかない農業経営。そんな中、畑仕事の主な担い手である父が入院中とあらば、生活は苦しい。
「……」
「先生……?」
押し黙る教授に愛里は戸惑う。きっと研究のことならば何でもそつなく答えてしまうだろうが、家庭問題となるとそうもいかないようだ。
しばらく時間が経ち、ようやく口を開いた。
「……分かりました。では、こうしましょう」
「え……?」
「貴女の東京での生活費は全て私が出します。何ならお父上の入院費も肩代わりします」
「はい?」
「その代わり、神楽坂さんは私の研究室に進学してもらいます」
「それは、研究室の予算で……?」
まさか、そんなことがあるわけがない。
「いえ、私個人のお金です。あなたは生活やご実家のことに悩むことなく研究に集中できるということです。これは私があなたに可能性を感じているからこそです。何か足りませんか」
「まさか、そんな。でも、私なんかに……」
「私がいいと言っているんですからいいんですよ」
こんな破格の条件はまたとない。確かに目の前の教授の財産は絶大だろうが。
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