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愛里は、須藤研に配属されてからずっと癌の研究をしてきた。
それは癌に効果のある物質を探し、利用法を探すというものだった。教授から与えられたテーマではあったが、愛里はそれにのめり込んだ。癌という現代に巣食う病魔は分かりやすい課題だった。
細胞試験に遺伝子実験、動物試験。抽出に分析。ありとあらゆる実験業務をこなしてきた。
その進捗が今、公のものとなる。
北海道医科大学。
札幌の中心部にあるその大学は、医学系の大学の中でも優秀な成果を多く上げている大学だった。キャンパス内には大学病院の横に講義棟が併設され、本学会はその講義棟全体を貸し切って催される。
愛里、林原、颯太はスーツに身を包み、大学の正門から講義棟へと向かう。既に構内はスーツ姿の人で溢れていた。皆、学会参加者だ。大学関係者、学生、製薬メーカー、医療機関――ありとあらゆる人種の人が集い、大学構内は熱気に包まれていた。
本学会の参加人数は事前登録の時点で約二千人。発表演題数は五百に達する。本学会では、三日かけて五百の研究が発表されることになる。
五百もの発表をひとつの部屋で全員で聞くというのは無理なので、研究はテーマごとに分類され、各教室に割り当てられる。すなわち、教室ごとに異なる発表が同時進行で行われており、学会参加者は聴きたい発表が行われている教室に自ら赴くことになる。
「それでは、ここで一旦、解散にしましょう。ふたりとも頑張ってくださいね」
愛里はそう言って、林原、颯太と別れる。皆、自分の聴きたい発表が行われる教室に向かうだろう。愛里は、癌に有効なポリフェノールの発表を聴きに行くつもりであった。颯太の研究は、外科手術に関係があるため、そういった類の発表が行われる部屋に行くのだろう。
そして、自分が発表する番になる前に、割り当てられた教室へ向かうことになる。愛里の教室はC棟の10番教室。出番は約二時間後だ。程よい緊張感が愛里の内にはあった。
そんな愛里の背中を見送る男がいた。
「神楽坂愛里……確か須藤教授の所の……」
ぽつりと呟く。そして、その男は愛里の後を追って歩き始めた。
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