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カウンターの中から香ばしい玉ねぎの香りが漂ってくる。
「ふあー。お腹空いて死にそう」
「普通、飯抜く必要あるか?」
「昨日お客さんいっぱいだったでしょ? オムライス食べれなくて、死ぬほど辛かったの。だから今日はたんまり堪能するんだもん」
天然鈍感バカこと真宮 律の作るオムライスは、流行りのふわとろじゃない。包まれたご飯に隠し味があるわけでもない。
本当に素朴というか平凡というか。
炒めた玉ねぎを入れたバターライスを、ただ卵で包んだだけの何の面白みもないオムライス。
だけどそれが、私の大好物。
「ところで、あの人どこ? ほら、黒髪の!」
カウンター内で黙々と調理する律に声を潜めて話かける。頬杖をついて顔は律の方に向けていても、視線はホールの隅々までチェックする。
「あぁ、黒沢か? あいつは今日休みだ」
「ちぇっ」
「柚は好きな人の好みがいっつもバラバラだよな」
口を尖らせた先では、律が呆れた顔で苦笑している。
あの人、今日は休みなのか。
髪の毛はやっぱりロングが好きなのかな。
化粧だって薄くしたのに。
いまいち自分のチャームポイントがわからない。結局雑誌に頼って、統計上の理想に合わせることで誤魔化してる。
それもこれも。
あんたのせいだって、微塵も気付いていない天然鈍感バカは相変わらず飄々としていて。
烈火のごとく睨みつけた視線は、涼しい笑顔で鎮火されてしまう。
本当に心から、あの黒髪の人が好きならどれだけ楽だっただろうか。
カフェのウインドウ越しに見える大通りは、今日も恋人達で溢れていた。
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