スパイシーマヨネーズ

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着替えを済ませてキッチンに戻った私は料理の準備を始めていた順くんに『なにを作るの?』と尋ねた。 作業台の上には食パンとロースハム、人参、アボカド、卵のパックが並んでいる。ある程度メニューの予想はついていたが確認の為の質問だった。 「土曜日のお昼といえば?」 「……サンドイッチ?」 順くんの視線が私に向けられる。 ご名答の意味だろう、彼は静かに微笑んでくれた。 サンドイッチは私の大好物だ。 特に順くんが作るサンドイッチは他人に食べて欲しくないと思うくらい気に入っていた。 順くんは県外の出身で、大学進学を機に一人暮らしを始めた。 節約と自活力を高める為に料理をするようになり、器用でこだわりが強い彼はそれにハマってしまったらしい。 今じゃ料理が立派な趣味の1つになっていた。 私は張り切って順くんの隣に立ち、ハンドソープで手を洗った。 「私は何をすればいいの?」 「千依梨はゆで卵担当ね」 順くんがスーパーマーケットで買ってきた10個入りの卵のパックを開封する。卵を2つ私に手渡し、卵をゆでる用の鍋をコンロに置いた。 「私の料理スキルなめすぎじゃない?もっといろいろできるよ!」 「じゃあアボカドはむける?」 「やった事ない」 「人参の細切り」 「できるけど……絶対順くんがやった方が綺麗」 「じゃあゆで卵ね」 「……はい」 どうやら今日のサンドイッチはそれなりの料理スキルを必要とするレシピらしい。 私は鍋に水を注ぎ、火にかける。今できるのはここまでだ。 鍋が沸騰するまではやる事がなかった。 「あ、千依梨にやって欲しい事があった」 アボカドの下処理をしていた順くんが声を上げる。 私はすぐに『なに?』と聞き返した。 「マヨネーズ、作って」 「マヨネーズっていつも順くんが作ってくれるやつだよね?なんか難しそう」 「難しくないよ。順番に入れて混ぜるだけだから」 順くんが冷蔵庫の扉に貼られていたレシピをはがし、私に差し出した。 レシピのメモには材料と分量、手順が簡潔に丁寧な字で書かれていた。 卵黄、サラダ油、酢、塩、マスタード。 マヨネーズを構成する材料は思っていたよりシンプルだった。 これを組み合わせたらあのマヨネーズができるらしい。 信じられないと思った。 「え、マヨネーズってこんなに油入れるの?」 私は順くんの方を振り返る。レシピにはサラダ油が120ml必要だと書かれていた。 120mlをすぐに何かに例えるのは難しいけど、それが油としてはかなり多めの量である事は理解できた。 「そうだよ。だからマヨネーズはかけすぎないように気をつけた方がいいね」 「気を付ける……」 私は順くんの隣でマヨネーズを作る事になった。 ボウルに卵黄、マスタード、酢、塩を入れ、泡だて器でかき混ぜる。 順くんは手早く人参を細切りにしていた。 人参は私が切らなくてよかった。順くんが切った方が圧倒的に細さも均一で綺麗だった。 卵黄が調味料と混ざったら、計量したサラダ油を少しずつボウルに注ぎながらさらにかき混ぜていく。 一気に油を入れると材料が分離して失敗するよと順くんに注意された。 「水と油は混ざりにくいんだ。でも間に卵が入ると乳化して上手く混ざるようになるの」 「こんなところにも化学が」 「そう。料理に化学は役立つんだよ」 理学部で有機化学を専攻している順くんはたまに私には難しい化学の話をする。順くんはそれを身近な話に例えるのがすごく上手だった。 料理も化粧も洗濯にも化学は関係していているらしい。 化学式や記号で書くと非日常の物に思えるが、順くんの口から聞くと化学は日常生活にも関わっているんだと感じられた。
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